72.敗北の末
「命拾いしちまったな」
アンデッドの襲撃から生き延び、森を出た一行は道端を歩きながら先程の戦いを思い起こす。
不死王リッチ=ロード。
世界を守るべき勇者たちの存在を意に介すどころか、命も奪わずに丁重にお引き取りをお願いされた事実。魔物にしては人間臭さが目立ったが、それでも彼らは見逃されたのだ。
魔王との前哨戦のはずが、刃も経たずに追い返されたことに一同は肩を落とすほかなかった。
「…確かに負けたけど、まだ強くなる必要があるってことだよね」
「この状況でよく楽観的でいられるわね」
「もしかして[剣神]のスキルを褒められたことで喜んでます?」
図星を突かれたことに一瞬身体が硬直するも、すぐに表情を崩してしまう。蒼き鳥と夢幻のねずみ、カンジュラの救済者。それが[剣神]スキルを選択した転生者の偉業でもあり、魔王こそ倒すことはなかったが同スキルで活躍した者が過去にいたというだけでも胸が踊るものがあった。何故あの魔物が知っていたのかは疑問だが、生き延びることができた喜びも相まって更なる飛躍を1人誓っていた。
「魔物の言う事なんて出鱈目かもしれませんよ?」
「僕らに出鱈目を言うメリットなんてどこにもないよスターチ。それにあそこで僕らを殺さなかったってことはただの魔物じゃないだろうし…本当はもっと知人について聞きたかったし」
「魔物は敵です!決して心を許してはなりません!」
森を抜けるまで顔色を真っ青にし、黙々と歩いていたライラが声を張り上げる。普段物静かなだけに、全員ただただ驚くしかなかった。
「全ての魔物は敵、例外はありません。彼らの存在は邪悪そのもの、私たち人間の平和を維持するためにも滅ぼさなければならない宿敵です」
胸のロザリオを強く握りしめながら彼女は告げる。ライラは冒険者になろうとも、サンルナー教として育てられたため、こうして仲間たちに不気味がられることも多少あり、普段であれば彼女の意見に異を唱える者はいなかったが、今回は状況が違った。
「確かに魔物は敵だよ?でもその敵に見逃されたのは誰よ?」
「魔物は人間には到底理解できない存在です。恐らく戯れか奢りが出たのだと」
「でも殺されるところだったんだよ!?」
アイリスが問うなか、カンナが叫ぶように割って入る。
「あんたが魔物嫌いなのは知ってるけど、あの化物に見逃されたのは事実なんだよ!!殺されてアイツの配下みたいになってから同じこと言えると思ってんの!?」
チートゆえにいままで感じたことがなかった間近の死、その不安は全員の心に渦巻いており、カンナがライラの話に感情を爆発させた。
「後ろで回復だけしてるあんたが!魔物をいままで1匹でも倒したことあるの!?回復はありがたいけどさ、敵を滅ぼすのに自分以外の奴をけしかけるなんてあんたもあの化物と同類よ!!!」
バシッ
乾いた音とともにカンナの片頬が赤く火照る。一瞬何をされたのか理解できず、頬に手を当てながら手をいまだ上げたままのガイアを見つめる。
「もうそのくらいでいいだろう…あれが何なのか知らねぇけど少なくとも今は敵じゃねぇ。だから俺たちは見逃された、それだけだ」
いまだ震える手を下ろすと、ズカズカと目的もなく道を進んでいく。
呆然とするも、立ち止まるわけにはいかないとそれぞれゆっくり歩みだす。
「…ごめんライラ。言いすぎた」
「…いえ、私こそ申し訳ありません。教義もありますが、それ以上に初めて…死を覚悟してしまったもので、つい」
しかし彼女も知っている。異世界であろうと人は所詮人。ゲシュタルトが廃墟となったように人間同士の争いもあり、依頼をこなしていくなかには魔物を使役して悪行を行う行商人や貴族もいた。サンルナー教の教えは間違っていない、この血塗れた世界から現実逃避するにはもっとも効率的な教え。だからこそあの亡霊のような魔物の存在が信じられなかった。騙すでもなく、出来の悪い子供と接するように[人間らしく]振る舞うあの魔物の姿が。
「いや、ライラは正しいよ」
沈んでいるライラとカンナの前を歩くリオンは、振り返ることなく言う。
「それにガイアも正しい。所詮は魔物、でも変わり者の魔物だったってだけだ…そして結果はどうあれ、今日も僕らは生き延びることができたんだ。魔王を倒すための明日を生きるために」
魔物、人間関係なく、自分たちは魔王を倒すためにこの世界に遣わされた。そのためにまた強くなれる1日を手に入れた。リオンの思いに、先頭を不機嫌そうに歩いていたガイアも含めて皆笑顔をこぼす。
「それで?これからどうするのリーダー?」
「その呼び方は苦手なんだってば。とりあえず任務は達成できたからギルドに戻って報告だ」
「…あの魔物のことは報告しますか?」
「報告はしない。見逃してもらったお礼というわけではなくて、チート持ちの僕らがああだったんだ。他の冒険者や国の兵を動かして何とかなるとは思えないよ。スターチのいう太古の書の記述が本当なら倒された端からアンデッドにされてジリ貧になるだろうし」
ーーそれに魔王前の中ボスが出来たんだ。
ラスボスを迎える前に強力な中ボスたちを倒していき、最後は魔王を倒して世界平和。ありきたりのシナリオでも、今の彼らにとっては十分な生き様だった。
「そうなるとまずは強くならないと」
「この辺で強い魔物って言ったら、あの森しかないですね」
「縄張りに入ってくるな、って言われたんだからその外の魔物を倒していくさ。生き物の気配がなくなったら即後退、ランクAも目指せて一石二鳥!」
まだ生きている、また仲間と笑顔でこの世界を歩いている。意気揚々としながら冒険者ギルドに戻ることにしたなか、アイリスがふと思い出す。
「そういえばあの魔物、やたらとカンジュラのこと気にしてたわよね?」
「俺らそっちのけでな」
「不貞腐れないでくださいよ」
「…あのさ」
おずおずと話しかけるカンナに足を止めて振り向く。
「あたし、ガイアもだけど、カンジュラで育ってるからあそこの伝承はそれなりに詳しいんだ…それでさっきの話でずっと思ってたんだけどさ、あの魔物が伝承に出てくる[立派な魔術師]なんじゃないかなぁって…」
なんてね?と最後は砕けて言うが、ふと考える。カンジュラの救済者のことを知っており、魔術師のような恰好をしたアンデッド、証拠は足りないが…まさか。
「な、なんてね?」
「ば、馬鹿言ってんじゃねえよ!」
「馬鹿って言った奴が馬鹿なんです!」
「醜い兄妹喧嘩は止めた方がいいですよ?」
「「兄妹じゃあない!!」」
異世界上の兄妹喧嘩によって話し合いは霧散し、まさかね、とリオンもみんなと一緒になって笑う。
「でも久しぶりにカンジュラに行くのも悪くねぇかもな」
「こっちの世界の両親に顔でも出しに行こうか!あとお姫様と戦士長にも!!」
「ふふ、そうだね。じゃあギルドへの報告が終わったら森を突っ切りながらカンジュラ目指そうか!」
「ス、スパルタだね…」
強くなるための行き当たりばったりな毎日に呆れながらも、今日も晴天の下で転生者の笑い声が響きわたる。
 




