71.情報交換
「ゲシュタルトって国知ってる?昔はカンジュラから馬車で片道5日はかかってたんだけど」
一行の落胆に構わず話しかける魔物に、学院で歴史を学んだスターチが何とか答える。
「あ…えっと、ゲシュタルトは500年前に他国に攻め込まれて滅んだようです」
「他国?魔族とかじゃなくて?」
「鍛冶で有名であったゲシュタルトの武器を目当てに戦争が起きたそうですが…ゲシュタルトも応戦したため結局相打ちに終わったそうです。国自体は残ってますが、その時の戦いで廃都市となったようで、生き残った住民は残らずカンジュラへと移住したそうです」
「…人間がねぇ…」
男の心中には何が渦巻いているのか、思案気に顎を撫でながら難しい顔をしている。
「あの…」
「何?」
「不死王、リッチ=ロード…様を崇拝すると生きたまま不死になれるというのは本当なのでしょうか!?」
「はい!?」
「あ、いえ。あくまでも学術的好奇心からであって、決して機嫌を損ねるつもりは」
まるで営業マンのような対応に吹き出しそうになるが、一体どこでそんなデマが流れたのか。噂の出所を探ってみると、とんでもない事実を知らされる。
蒼い鳥、夢幻のねずみ。突如現れてカンジュラという平和の象徴を再建させるも、この世界で繰り返し辿られる血塗られた歴史は決して消えることはなかった。永劫にこの世界に生き続け、そして輪廻転生を迎えてなおこの残酷な世界にて再び生きねばならないのか。その未来を否定した人々は、鳥とねずみという使者を遣わした[とある立派な魔術師]の存在に目を付ける。
カンジュラの建国に始まり、降臨日が制定される日まで生き続けた魔術師。そのような存在が人間であるはずがなく、かといって長寿のエルフや魔族がそのようなことをするはずがない。
そうなれば答えは1つ。
人間の苦しみを理解できるのは元人間にして高位の[アンデッド]、そして古代の書に記されるアンデッドの頂点たる魔王種[不死王リッチ=ロード]こそが慈悲深い存在であり、唯一の救いの道なのだと。幅広く布教されているサンルナー教と決別し、[深淵の教団]という100名以上からなる信者が集まり、日々祈りを捧げて旅をしている。
「その教団なのですが、月花神からお告げがあったと言いまわったかと思うと、どうもゲシュタルトに数年前から籠城していると噂が流れているようです。何をしているのかは定かではないのですが」
開いた口が塞がらず、情報の整理に手間取るリッチに勇者一行は不安げに見る。
3000年の経過、そして予想通りふざけたツキが[夢幻のねずみ]という形で爪痕を深々と今もなお残っており、おまけにリッチを崇拝している狂人が不特定多数いるという現状。
月花神……ゲッカちゃん、絶対余計なことしたろ。あとでノートパソコンの刑だ。
突然の情報過多に眩暈を覚えるも、眉間を抑えながら言葉を繋ぐ。
「うん。現状はとりあえず理解したよ、ありがとう…それで君らはこれからどうするんだい?」
話題を変えようとしつつ、当初の目的を思い出した男はリオンに問いかける。
「ぼ、僕ら6人は魔王を倒すために太陽神に遣わされました。それでみんなで冒険者になって強くなろうと思って…」
「強くなるために俺を倒しに来たと?」
「はい。あ、いえ。貴方がいることは知りませんでしたが、この森自体は冒険者ランクB以上ではないと入れないので、1つの指標として掲げたのですが…」
結果は惨敗。もしもリッチが敵であったならば、恐らく魔物に喰われるよりもおぞましい結末が待っていたかもしれない。そのことを思うと再び消沈しそうになるが、その様子を眺めていた魔物はため息をつきながら手を縦に振る。
「とりあえず情報も色々もらえたし、今日は帰っていいよ。『散開』」
周囲を取り囲んでいたアンデッドたちはその一言であっという間に走り去っていき、その異様な光景を呆然と見ることしか出来なかった………助かったのか?
「悪いけど今は俺の縄張りだからね。入ってくるのは自由だけど、次は死んでもらうからね。他の冒険者たちへの言伝は、まぁ君らに任せるよ」
「ちょっと待ってください!…最後に1つだけ尋ねてもいいですか?」
「…何だい?」
「[剣神]のスキルを持っていた知人というのは、その…強かったのでしょうか?」
不意を突かれた質問に思わずキョトンとするも、意地悪そうな笑顔をしながらリオンの目を見据える。
「強かったさ。なんせ蒼き鳥と夢幻のねずみが引き連れた使者であり、カンジュラの救済者なんだから」
ばいび~、そう言いながら魔物は突然現れた時と同じようにあっという間に消えて行った。後には戦った後も何も残らず、しばらくの間何が起こったのか整理できるまで一行は動くことができなかった。
「[深淵の教団]ね」
家族の元に戻ってくると次々と抱き付かれて出迎えられるなか、1人思案に耽る。ゲッカが余計なことをしたのは間違いない、そして何をしているかは知らないが少なくともリッチを待っている集団が今は廃都市となっているゲシュタルトにいると思われる。
「これは一度見に行った方がいいかもな」
「見に、って何を?」
侵入者を迎撃に行ったかと思えば見逃し、帰ってきたかと思えばまた出掛ける素振りをみせる。出会ったから今まで、一度も森から離れたことがない夫の言動に不安を覚えるが、考えなしに動くような男ではないと信じ、それ以上何も言うことはなかった。
少なくともすでに死んでいるので、死ぬ心配もする必要がないわけで…
「お父さんまた出掛けるの?」
「私たちもついて行ってい~い?」
「いい子、に、する、から」
いままで森を出たことがない3姉妹は冒険の匂いがすると、目を輝かせながらリッチを見つめるがそれぞれの頭を優しく撫でながら語り掛ける。
「連れて行ってあげたいけどちょっとまだ分かんないからなぁ…でも落ち着いたらみんなで森の外へ行こうか」
「「「本当!?」」」
確定事項のようにはしゃぐ3人を前に、そっとアウラがリッチに近づく。
「森の外って…ゲシュタルトって国のこと?ちょっと気になるけど、何かしに行くの?」
「ちょっと様子見に行くだけ。いずれにせよ、みんなで出掛けるのは本当だから今から楽しみにしててくれよ?」
ずっとこの山に閉じ込めているつもりもない。クルスたちだけでなく、いずれはリウムたちにも世界を見せてやりたいと思っている。そして巨大化し、森の魔物を1人で全て狩れるようになったアウラにも…。
「ん、分かったわ」
「あっさり引き下がりますな」
「信用しているもの」
微笑を浮かべる彼女の表情を魂に刻みつつ、目の前ではしゃぎながらじゃれ回る3姉妹をアウラと同様の顔で眺めていることに気付かずに男は先々のことを思案していた。




