70.不死王との邂逅
「う~ん」
「どうしたのリッチ?そんな難しそうな顔をして」
3姉妹が人気番組でも見るように画面に食いつくなか、1人眉間にしわを寄せて6人の侵入者を訝しげに見ている。
戦闘よりも返答のない夫の方を心配そうに見つめるアウラをよそに、子供たちが大声を上げる。
「後ろのお姉さんたち、もうやられちゃいそう!!」
「お父さんが倒された部下の子たちどんどん復活させてるからね~勝てるわけないよね~」
「お父さん、もっと、強い」
その報告に部下を一斉に戦闘を中止させ、何故止めるのかと疑問に思いながら全員リッチに視線を向ける。
「ちょっと行ってくるから待ってて」
「な、ちょっと!」
話を聞くまでもなく、球体の画面には家長の姿が現れ、それを見る人間たちの驚愕の顔を嬉しそうに再び画面に目を向けるハーピーたちがいた。
「……なんだよコイツ…」
「人間、いや違う」
人間の姿をしているが確実に違う。身体は宙に浮いているし、身体も若干透けているように見える。恐らくはこの集団のボス。
「へっ、ボスがノコノコと現れたってことはもう頼れる兵隊でもいなくなったか?」
「ガイア待て。様子がおかしい」
リオンも同じアンデッドが復活していることには気付いていた。このままでは、と考えている時に突然出てきたこの男、ガイアの言う通り間違いなくアンデッドのボスキャラ。あのままでも勝てたであろうに、攻撃を止めさせたうえにわざわざ自分たちの前に姿を晒した。
トドメは自分が刺す、というわけでもない。殺意が全く感じられず、むしろ不思議な生き物を見るかのような顔つきだ。
「…不死王、リッチ………ロード、だ」
背後でボソリと呟いたスターチの言葉は、静寂に包まれた森の中で反響するように全員の耳に届く。それぞれが反応を見せる間もなく、誰に語るでもなく話を続ける。
「アンデッドの魔王種、太古の書にしか記述が残されていない神話の魔物…神々の死、死せる者の王。その眼光に睨まれた者は全て死の配下として永劫仕え、全てを灰塵に帰す…」
彼の説明にどれほどの存在なのか今一つ理解は及ばないが、むしろ理解してはいけないのかもしれない。学院出の彼の話に一同は一気に顔が青ざめるが、リオンだけは剣を握り直し、新たに出現した敵から目を離さずに叫ぶ。
「僕がコイツを引き留める!!みんなは何とか脱出してくれ!」
その一言に現実に引き戻された一行は怒号で返答する。
「バカヤロー!てめえ1人にカッコいい真似させるかよ!」
「そういうこと!私はリオンを置いて逃げ帰れるほど聞き分けは良くないよ!」
「全くですよ。取り乱してしまいましたが、太古の書の記述が正しいとは限りません。きっと勝機はあるはずです」
「みなさん回復する時はどんな些細な傷でも私の所へ来てください!」
「魔王の前にいい経験値稼ぎだー!」
先程までの怯えが嘘のように消える。
アンデッドに完全に包囲され、目の前には化物の王。勝ち目が一向に見えないが、このメンバーとなら死んでも惜しくない。
…それに死んでも次の勇者を女神はきっと召喚してくれるはず、だから少しでも目の前の敵を弱らせる必要がある。
それぞれの思いを胸に全員がリッチを見据えると、当の本人は戦闘にまるで興味がないといった風に口を開く。
「自己犠牲しようとした君さ、もしかして女神さんから[剣神]のスキルもらってたりしない?」
不安から怯え、そして死への覚悟を決めた最中に発せられる緊張感のない言葉に勇者一行は目を点にして宙を浮く男を見つめるも、構わず男は続ける。
「昔そのチートもらった知人がいてさ。様子見てたら剣筋っていうか、動きが戦っている彼にそっくりだったから気になったんだけど…もしも~し?」
強大な敵が一転してフレンドリーな装いを醸す姿に、ただただ言葉を失うしかなかった。それでも何とかリオンは彼に返答する。
「…確かに[剣神]は太陽神様から頂いた加護ですが、貴方は一体…」
「後ろの魔法使いが言ってたじゃない、不死王リッチ=ロードって。でも他のごちゃごちゃ言ってた事は俺も知らんな。太古っていうほど生きてるつもりはないし…あ、そもそも死んでたわ」
そのあまりにも魔物らしからぬ言動に困惑するも、敵対の意思が見られないことに多少安堵する。
「あの、知人が[剣神]を授かったと仰いましたが、もしかしてその方は転生者と呼ばれたりは」
「転生者だったよ?ちなみにその頃から俺はアンデッドしてた」
何が愉快なのか、笑い飛ばす男にますます困惑する。生前ならまだしも、アンデッドである時から転生者の知り合いがいた、と?それに転生者というフレーズに対しても何の驚きもないことから、その知識にも明るいのか?疑問が疑問を呼ぶなか、男は笑うのを止めて問いかけてくる。
「ところで君らはカンジュラって国知ってる?」
「…あたしたち、その国の出身です」
言われたわけでもなく、挙手をしながら答えるカンナに、ガイアは敵に情報を漏らすのかと驚きの表情で彼女を見つめる。
「おー、まだ残ってたのか!あの子たちも今頃は楽しんでくれてるかな~…ついでに聞きたいんだけど[降臨日]って知ってる?昔祭りとして制定したものなんだけど」
「あ、はい。降臨日は毎年春から夏にかけての間に2日間、国を挙げて蒼き鳥と夢幻のねずみを祝う日となっております!始まりは3000年前らしいのですが、今でも続く歴史あるイベントでして…あの…?」
ついつい幼少に育った自国について嬉しそうに語るカンナをよそに、男は遠くを見つめるように呆然としていた。
「夢幻のねずみって……3000年って…」
ブツブツと話す男に疑問を持ちつつ、攻撃のチャンスと身構えるガイアとスターチにリオンは手で制する。
「あの、すみません!」
「……お、何だい?」
現実に引き戻された男は相変わらず笑顔を張り付けているがどこか物悲しそうな雰囲気を漂わせており、そのことで一瞬身を引いてしまう。
「わ、ワイルドドッグという冒険者たちを知りませんか?もしくは他にも何人かの人たちを…」
「いや、人間で俺の縄張りに来たのはいままでで君らが初めてだよ。森の奥に入ったってんなら他の魔物に襲われたんだろうね。結構強いみたいだから」
嘘をついているようには見えない。
アンデッドを、しかも魔王種を信用するわけではないが、いままで常識だと思っていた[魔物は意思もなく凶悪である]という理論が看破されたことで冷静な判断力が失われていた。
チート持ちの自分たちですら目の前の魔物に勝てなかったことから、本当に魔王に勝てるのだろうかという不安に押し潰されそうになるなか、男は次の質問を投げかける。




