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65.旅立ちの前夜

 あまりにも突然の仕打ちに思わず涙を浮かべ、頭をさすりながら痛みを与えた元凶を見上げる。



 目の前の男は眉を寄せつつ険しそうな顔をしており、成人の儀で味わった痛みとは全く別の痛みはしかし、すぐに直後にかけられた言葉を思い出したことで忘れ去られた。




(バカ息子にバカ娘が!!)



 確かに自分たちのことをはっきりと呼んでくれた。

 目を点しているクロナたちに男はゆっくりと地面に降りてくると地べたにへたり込む2人の前に座り込む。思わず手を出してしまったことを後悔しているのか、バツが悪そうに後頭部を掻きながら2人に視線を向ける。



「俺がいつクルスたちはいらないって言ったよ?」


「……でも、巣立ちってことは」


「巣立ちは1人前になった証よ!貴方たちにもっと世界を見て回ってほしいって私たちの思惑も分からないなんて…頭がいいと思ってた私が馬鹿だったわ!」


 

 冷静に話し合おうとしていたリッチの考えをよそにアウラは3人の間に割って入る。

 いままで抑えていた感情を爆発させ、理不尽な発言をまくし立てた母親が泣き出してしまった。それを見たクルスたちは戸惑い、彼女の反応を見ながら苦笑いしている父親に自然と視線が向く。


「ま、そういうこった。外の世界は何があるか分からんから、今ココで強い奴と戦わせて今後の外での立ち回りの参考になるかと思ってたんだけど…まさか本当に勝っちまうとわな!ちなみにさっき倒した奴、前に話した"カンジュラを滅ぼそうとした魔将"だったんだよな……改良の余地ありっと」



 久しぶりに笑い飛ばす父親の姿に唖然としながらも、リロは後ろで涙を流しながら激しく頷いている。呆然としていると突然ローブに覆い包まれるが、それが父親の抱擁であることに気付いた頃にはどこかで感じた懐かしさに反射的に抱き付いてしまう。



「2人は俺とアウラの子で。リウムたちのお兄ちゃんお姉ちゃんだろ?それに巣立つことはあっても家に帰ってくるなと一度でも言ったか?もっと余裕を持って考えろといつも口酸っぱくだなぁ…」



 功を焦って酷い目に合う度に父親から受けていた説法であったが、途中から言葉が耳に入って来なかった。代わりに2人して強く、彼のローブを握りしめる。



「……んなさい」


「それでだ……ん?何?」


「ごめんなさい父上…」


「お父様嫌いにならないで!」



 アウラが拾ってから今に至るまで、手間のかからぬいい子供たちと思い込んでいたが抱きしめられながら大声で泣かれる姿に思わず説教を中止する。彼らがこれほど泣くのは初めて見る動揺、そしてどことなく妻の泣き顔に似ているような気がして思わず顔が綻ぶ。

 しかしの表情も長くは持たなかった。2人の声に目覚めたリウムたちも状況を知ってか知らずか共に泣き始め、最後にはアウラとリロの泣き声で辺り一面騒々しさに包まれることになった。








「……落ち着いた?」


「「…はい」」



 再び泣き疲れて寝てしまった3姉妹をよそにやっと現場の混乱から復帰が出来たものの、あられもなく泣いてしまったことを恥じて顔を赤くするクルスたちに説教の続きをしようという気も薄れてしまった。

 そもそもどこまで話し、何を話そうとしたか思い出せなかったこともある。



「とにかくだ。俺たちと違ってクルスたちは人間なんだ。世界を見て回って多くを学び、これからやりたいことを探すなり自由に生きなさい。嫁とか婿を見つけて連れてくるのもいいけど、ソイツが駄目な奴だったらすぐにアンデッドにしてやる」


「リッチ。その時は私が食べるから駄目よ?」


 親バカっぷりを発揮する両親を前に、やはり2人は自分たちの両親なのだと改めて認識すると思わず苦笑してしまう。そんなクロナたちを見ることで自身が咄嗟に吐いた台詞がいかに稚拙か身に染みてしまう。

 紛らわすようにわざとらしい咳ばらいを1つすると再び2人の成人と向き合う。



「オホン。それに辛くなったらいつでも俺たちの所に戻って来ていいし、辛くなくてもたまに顔は見せに来なさい。みんな寂しがるからな」



 クロナたちはアウラから拾って育てられたという話は聞いている。血の繋がりも、ましてや全く別の種族にも関わらず、[家族]としていつも一緒にいてくれた。だから寂しがることはない。いつでも会えるのだから。

 その事実が彼らを内側から温めてくれるが、もう1つの事実によって再び表情が曇る。


「…でも魔物であるお父様やお母様の方が私たちより長生きしそうですよね。次会った時は私がヨボヨボのおばあちゃんになっているかも…です」


「だから顔を出しに来いって言っているんだ。次会った時にヨボヨボの老人になった姿なんざ見たくないからな?何を見て何をして、どういうものと出会ったか、その時は聞かせておくれ。俺は……それが出来ずに死んじまったからな」



 それでもアンデッドになったことは後悔していない、と寂しそうに笑う父親に再び抱き付き、続いてアウラも身を寄せてくる。



「リロも着いて行くから大丈夫だとは思うけど…無茶ばかりはしてはダメよ?」


「たまに無茶はしていいんですね……あれ、先生もいらっしゃるんですか!?」



 思わず2人でリロに視線を投げるが、アンデッドらしからぬ目元の赤い腫れを隠すように咄嗟に顔を背ける。顔を見られないよう明後日の方向を向いていたが、やがてクロナたちに視線を流せる程度に顔をぎきちなく向けてくる。


「我が主と奥様の意向でな。共に世界を見てくるように命じられたのだ…あとは悪い虫がつかぬように、だな」


 仕方なく、と言った口調で淡々と語っているが以前リロが騎士よりも冒険者に憧れていたことをリウムたちから聞いたことがあった。本人にはそのような情報を伏せた上でリロも交えてアウラと相談し、成人の儀の完了とともに発表することにしていた。その決断を行った際にリロはクールに対処したつもりだったようだが、遊園地に連れて行ってもらえる子供のような表情と時節身体をモジモジさせていたのはロード夫妻だけの秘密である。



「世界は待ってくれても時間は待ってくれないからね。明日出発しなさい」


「それは、僕たちも構いませんが…」


「お父様たちとみんなでまた寝てもいいですか?」





 こうして[巣立ち]の儀も無事終え、3姉妹の誕生以来の全員雑魚寝が実現したのであった…もっともアンデッドの2人は目を閉じることなく天井に視線を注いていたが。





「…お父様と先生は寝られないのですか?」


「例えこの身は横たわっていようと、御身を守るのが私の役目です。それにアンデッドに睡眠は不要です」


「……寝るとまたゲッカちゃんに会う気がしてならないんだよな……」










「…ちょっと、ゲッカちゃんって誰よ?」


「月花神のこと。俺を不死王にした張本人って前話したろ?」


「……女よね」


「そういう関係じゃないから」



アウラが完全に眠りにつくまで、延々と誤解を解く作業が続いたのは言うまでもない。

ブクマ、ありがとうございます!

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