59.勇者一行、新たな目標
「そういえばあの森、奥まで行けた奴は1人もいないんだよな」
「正確に言えば中央にそびえ立ってる魔の山のことでしょ?」
森の最奥、魔の山に辿り着いた者はいままで1人もいない。冒険者の間では誰が一番に辿り着くか、ランクAの冒険者のパーティにそれぞれ賭けをするほど話題になっていた。なかには大穴狙いでランクBに賭ける者もいる。
「あたしらが一番乗りになれるんじゃない?」
「まぁ、女神の加護持ちだしな」
「…じゃ、魔境に行く前の目標は魔の山、で決定かな?」
「「おー!」」
「俺はそれで構いませんよ」
「わ、私も」
「私もそれでいいと思う」
「お!新人詐欺の面々は今日も景気よさそうだなぁ」
目標を決定したところで、軽薄そうな男が話しかけてくる。
マデンと呼ばれるこの男は勇者一行を騙そうとして一度痛い目にあっているが、それ以来改心し、まともに冒険者として日々活動するようにしている。しかしこれでランクはCと事実上は彼らより実力は上位に位置しているため、カンナはあまり彼のことを好いてはいない。
「おー、マデン!詐欺じゃなくて実力だって。仕事の方はどうだよ?」
「んー、実はメンバーを解散することになっちまってな。俺は故郷の戻ることにしたんだ」
バツが悪そうに後頭部を掻いているが、先程の喧騒が打って変わって静かになった。当初の出会いは最悪ではあっても、その後は良き冒険者仲間として情報交換やたまにパーティ間で食事や依頼をこなしたことも数回あったほどの付き合いだ。
「な、なにかあったんですか?」
「…ワイルドドッグってパーティいるだろ?」
「ランクBの方々ですよね?もうすぐでランクAになれるって話題になってました!」
「そのメンバーと一緒に現地調査で森の中に入って行ったんだよ」
ランクがあまりにもかけ離れていれば論外ではあるが、ランクが1つ違いであればそのランクのメンバーと共に上級依頼を受けることができる。上手くいけば下位のパーティも一気にランクを上げることも可能であるが、同時に人数を集めなければ達成は難しいという依頼になるので命の危険は比例して増える。
「欲が出ちまったんだよ。もうすぐランクAになれるからってさらに奥に行こうとしてな。俺のパーティも半分着いて行くもんだから、先にギルドに途中経過を報告するって離脱したんだ」
「それはいつのことですか?」
「2週間前だ」
「……戻って来る可能性は?」
「ないだろうな。そこまでの食糧は持ってなかったはずだし、いくら何でも時間がかかりすぎてる」
1週間経っても戻って来なかったことを受け、戻り組の彼らはパーティとギルド登録を解除し、それぞれの故郷に戻っていくことにしたらしい。
「ぎ、ギルド登録まで解除しなくてよかったのではないでしょうか?」
ライラは恐る恐る問いかけるが、マデンは首を振って肩をすくめる。
「ランクCでボチボチやってこれたんだ。これでランクBに上がってみろ、明日にはワイルドドッグと同じ目に会うかもしれねぇんだ。報酬が上がろうと命あっての物種だよ」
現実的な恐怖、死があの時マデンの頭を掠めた。あれ以上踏み込んでいれば、今の自分はいない。ランクが上がるという事は死に向かって、森の奥へと向かっていくことになる。
だからもう冒険者を続けることは出来ない、そう悲しく言うと世話になったと手を振りながら酒場を後にした。
「…死…か」
「俺ら1回死んでるけど、あの時も怖かったよな」
バスがガードレールを突き破り、真っ逆さまに崖の底に落ちていく恐怖、非現実的な浮遊感、地面が眼前に迫った時の……。覚え方はそれぞれでも、共通の恐怖は全員の胸の中にあった。
そのことが思い出され、消沈する面々。
「でも、だからって止まるわけにはいかないよ」
リオンが儚げな表情で語り、一同は彼に視線を向ける。
「確かに僕らは死んだ。まだやりたいこともあったし、みんなも思う所はあると思う。それでもこの世界が必要としてくれて、世界を救ってくれって女神様にお願いされたんだ」
机の上のこぶしが強く握りしめられ、気付けば先程の負のオーラは霧散していた。
「…そうね。他のクラスメートの分も、精一杯生きないと」
「実際この世界の方が元の世界よりは生甲斐があるのは否定できませんね」
「わ、私は回復しか取り柄がありませんけど、皆さんと一緒に頑張りたいと思います」
「ガイアとあたしをドンドン盾にしていいからね!」
「俺もかよ!!」
接点のなかったクラスメートではあったが、それでも必死にこの世界を彼らは生きている。気持ち新たに勘定を済ませると席をたち、勢い良く酒場を出てギルドへと向かう。
「それじゃ、今日も世界平和のために精進しようか!」




