58.一方、勇者は
成長し、異世界で再会を果たした勇者一行の話になります
「今日も楽勝だったな!」
酒場でありながらそれぞれ酒を飲まず、食事にがっつくように鎧姿の青年は嬉しそうに語る。その姿に半ば呆れながらゆっくり目の前に食事にありつく青年、その他は愛想笑いで彼の言葉に応える。
[女神に選ばれし6人の勇者]
悲惨なバス事故より魂を救われ、女神の前に立った彼らは異世界の救済を任命された。ある者は不安を、ある者は期待を、思い思いの感情を抱きながらも加護を与えられ、異世界へ放たれることになった。
「しっかし、自分の身分に窮屈だからって冒険者ギルドに全員登録とか奇跡すぎんだろ。なぁリーダー!」
「僕はリーダーなんて柄じゃないよ」
「王様生まれが何言ってるんだか」
偶然、にして出来すぎているが太陽神が干渉している可能性もある。しかし登録したタイミングにばらつきがあり、ストライダーの美咲が最初に冒険者家業を始め、そこから王子の健一と続き、最後にメイジの愛が合流することで勇者パーティは人知れずこっそりと完成されていた。
互いの前世に会った頃の面影は残っておらず、美男美女風といった仕上がりに勇者補正かとしきりに話題に上がっていた。また、転生後の出会った時の合言葉は[バス事故]であったのがまたシュールであると、食事をしている時によく話のネタになる。
長野健一、[ファイター]リオン(レオル):剣神
琴野美咲、[ストライダー]アイリス:索敵
二階堂修、[ソーサラー]スターチ:魔導知識
日向愛、[メイジ]ライラ:完全治癒
上原仁、[ウォリアー]ガイア:憤怒
鈴宮麻子、[ナイト]カンナ:絶対防御
産まれ先と得たスキルによって培った能力は、パーティを効率よく運営するのに丁度良く、他の冒険者の間でも新参者でありながらその実力は噂となって瞬く間に広がっていた。なお、パーティ名はいまだ保留されているため、周囲からは[新人詐欺]と名称されている。
「とりあえずランクを上げることが大事だと思います。魔王がいつ襲ってくるか分からないし、俺はもっと強力な魔物に魔法の威力を試したいです」
「で、でも無茶はしない方がいいと思います。死んでしまったら元も子もないですし」
「でも二階堂、じゃなくてスターチの言う通りよ。魔王を倒すためにこの世界にいるんだから、あたしたちは力をガンガンつけないと。てかライラもスターチも同じクラスなんだから敬語で話すのやめたら?」
「学院での教育の賜物です」
「私は…すみません、善処します」
4人のやり取りを見て微笑ましそうにするリオンとアイリス。
チートのおかげで怒涛の勢いでランクを上げてはいるが、いまだDランク。下から3つ目のランクだ。凶悪な魔物が出現する森の、出入口付近に出没する魔物を狩って素材としてギルドに持ち帰るのが今の彼らの日課である。森の中にはランクB以上にならねば依頼はなく、各国で森への無断侵入は厳しく取り締まっている。下手に内部の魔物を刺激し、害悪が漏れ出すことを危惧してのことだ。
「同じクラスでも接点がなかったのに、まさかこんな風に親睦を深めるとわな」
「あたしはあんたの妹として産まれたことが一番びっくりしたんだけど」
「同感ね」
「ははは。とりあえずみんな一息ついたところで次の依頼の会議でも始めようか」
チートを駆使すれば、ランクを一気に引き上げるだけの成果を挙げることも可能だろう。しかし、彼らは数をこなして自身のスキルと戦闘能力の向上を目標に、地道に下から這い上がっていこうというスタンスで意見が一致した。
「でも6人もチートを付与しておいて魔王を倒させるなんて…どれだけ強いんだろう。私たちは今どれくらい強くなったんだろう」
アイリスの何気ない一言ではあったが、その事実が彼らの肩に重くのしかかる。彼らなりの努力はしているが、それでも今の戦いを楽と感じるのはスキルの存在が大きい。万が一強敵と出会えばたちまち蹂躙される可能性だってある。
「…魔境と呼ばれる、魔族が住処としている土地があると聞きます。魔王もそこにいると推察されますが、まずは俺たちが魔境の敵に手間取らないだけの力を手に入れる必要があるでしょう」
「簡単に言ってくれるわね。でも確かにレベルを上げてからじゃなきゃお話にならないかなぁ。いずれにしてもあたしらの目標はランクAになることに変わりはないでしょ?」
「ランクを上げることも大事でしょうけど、もっと具体的な目標が必要だと思うわ。何々を倒せるようになる、とかあの技を使えるようになる、とか」
その後も食事を終えた彼らは酒場で議論を続け、その合間にも今日の戦いの活躍について互いに囃し立てた。絶妙なタイミングで援護射撃があっただの、攻撃魔法マジパネェだの、剣戟がカッコいいなど。チームワークを高めるためにリオンとアイリスがこっそり始めたものであったが、回を重ねるごとに最初打ち解けなかった面々もこうしてざっくばらんに話し合えるようになっていた。
やがて彼らの話は互いの事から、再び森の話へと戻っていく。




