56.森の守護者
「眷…属?」
リロだけでなく、その場にいる全員が不思議そうにトムジェリを見ていた。
実際話しているのは山に引き籠る男であったが、その言葉に憤慨した長老は先程の余裕が吹き飛び、白い肌を紅潮させながら2対のアンデッドに向かって叫びだす。
「け、眷属だと!貴様、我らはこの森に仕える聖なる一族だ!それを事もあろうにアンデッドの、汚らわしき魔物の眷属だと!?ふざけるのも大概にせよ!」
<まずその聖なるってどこから来てるのさ。聖なる山ってのが正しいなら、俺ら穢れはとっくに消滅してるんじゃないの?>
「ふん!貴様ら下賤な魔物には分かるまい。見よあの神々しい霊山を!!」
勢いよくリロたちが歩いてきた方向を指さし、その先に視線を向ければそこには天を突くような山がそびえ立っていた。そこは不死王の住居であり、クロナたちが育った故郷でもある。
唖然と山を眺める面々をよそに、長老は得意気に続ける。
「は!あの尊い御姿に流石の貴様らも言葉も出ないか。あの山は遥か昔、国々を救った英雄が今もなお眠りについておられる地であせられる。その英雄は眠りについてなおこの地を守り、その力がこの土地を栄えさせたのだ。我らもまたその恩恵に授かり、ゆえにこの地を守り続けているのだ」
「し、しかし僕たちも何度か森に入っていますがこの一帯は様々な魔物がいましたよ?」
「奴らも英雄の力の影響を受けてしまったのだ。あのような下賤な連中から1日でも早く、この地を解放して差し上げねばならんのだ」
<……ところでその英雄の話って誰から聞いたの?>
「流浪のエルフより伝えられし伝承よ。あの種族は嘘を付くのが下手なゆえ、彼らの話は信憑性があるというものだ。実際あの山からとてつもない力を感じる」
……エルフ…ティアラ?いやいや。
1人頭を抱えるリッチをよそに、長老は引き続き出て行くように怒鳴りつけてくるがクロナが恐る恐る長老に話しかける。
「あの、私たちはその[霊山]からこちらに参ったのですが、英雄とはお父様のことですか?」
長老の話を聞く限り、国を救ったことがあり、かつあの山に眠っているのは新たに追加された英雄がいるのでなければ、アンデッドを従えている1人の男しか該当しない。
一度、アウラの子守唄代わりにせがまれた昔話をしたことがあったのをクロナたちは覚えており、彼女たちも山に眠る英雄は父親の姿しか思い浮かばなかった。
しかしその問いかけは妖精たちにとっては許容できるものではなかった。
瞬時に殺意が周囲を満たし、とくに一言も発していなかった長老の隣にいる個体が発言したクロナに睨みをきかせていた。
「貴様らは、我らの聖地を荒らすに飽き足らず、我らの教えをも汚すつもりか。汚らわしい魔物どもめ!」
再度臨戦態勢が整い、リロたちもそれぞれ構えなおす。互いに牽制し合い、いつ糸が切れるとも分からないほど緊迫した状況であった。
が、双方の間に割って入る様に突如ローブを適当に纏った人物が出現したことでその雰囲気も霧散する。一瞬怯んだ妖精たちであったが、明らかに人外の存在である新手の存在にさらに殺意を強めるなか、逆にリロたちは武器を持つ手を緩める。
「父上?」
クルスの呟きにニコリと笑顔で返し、再び妖精に視線を戻した時には生き物の目をしていなかった。芯まで凍るような、目の前の全てを否定するような視線に妖精たちも後退を余儀なくされるが、それでも花冠の2体は引くことはしなかった。
「き、貴様何者だ!!その者どもの手合いか!」
「手合いってかこの子たちの親でボスかな。ところでさっきから気になることがたくさんあるんだけど、整理していこうか」
有無を言わせない笑顔に、長老たちは無言で返す。
「まずこの辺一帯のミノタウロスを狩ってる時に違和感を感じたんだよ。少しずつ力が戻ってきてるような感覚がしてね」
最初はレベルアップ的なものかと思っていたが、縄張りの範囲を拡大した際、生前の姿に戻れたことで確証を得た。この地に自身の力が流れ出ているのだ、と。
どれほど眠っていたかは定かではないが、森が樹海となったうえに範囲も広がり、地盤沈下などが起きたわけでもなく洞窟が隆起して山になり、アウラのいう強い魔物は本来この地にいるはずがないなど、明らかにリッチの力の恩恵を受けてこの土地は凶悪に育っていた。
「それにね」
言葉を続ける目の前の男に対し、想像したくもないような映像が妖精たちの頭に次々と流れ込む。彼らのいままでの本質を否定し、同時に存在する理由も少しずつ抉り取られていく感覚が彼らを襲う。
徐々に表情が固まっていく妖精たちであったが、男はそれでも止めることはない。
「最初に言ったろ?眷属なんじゃないかって。お前さん方からも俺の魔力の残滓が感じられるんだよね。英雄ではないけどあの山でずっと眠っていたのは俺だけだし、この土地が俺の恩恵で育ったなら……お前らは何から生まれたんだろうなぁ?」




