54.新たなる命
女性陣がやっと新たな部下の存在に慣れた頃、リロにはクルスたちの剣技や体力作りの指南を全て任せることにした。彼女は初任務と息巻いていたが、感心したのが指導するだけでなく、自らも子供たちと混じって稽古に勤しんでいたことだ。また、クルスたちは以前のメニューもこなすことにより、毎日ぐっすり眠れるような生活を繰り返していた。
子供たちが寝ている間もリロは夜間警備を行い、目覚めれば再び稽古を行う。日常と化したその光景をロード夫妻はほっこりしながら遠くから眺めていた。
「貴方はやっぱり約束を守る男ね…女を呼ぶとは思わなかったけど」
「選択制じゃないからね」
たまに毒は入るが、それでもリロとクルスたちが精力的に励んでいる姿を見るのは微笑ましいようだ。
「やっぱり子供っていいわね」
「まぁ、そうだね。子供は元気が一番だね」
「子供ってやっぱりいいわよね」
「…そだね」
突如暗雲が立ち込めるような気配を感じ、アウラから距離を取ろうとするもすでに手遅れであった。音もなく両肩を強靭な足で掴まれ、常時浮遊している身が空へと引き上げられていく。
「ちょっと用事が出来たから子供たちを宜しくね!」
「はい、奥様!」
その一言を聞き、鼻唄交じりに寝床へと連れて行かれる。そっと地面に放され、振り返ると彼女の顔が真ん前にあった。
「貴方との子供が欲しいわ」
「…はい?」
「貴方との、子供が、欲しいの」
「区切らんでも分かるわ!」
彼女は子供を産めないから群れを追い出されたわけで…。突然の申し出に困惑するしかなかったが、それでもアウラの表情は真剣そのものであった。
「確かに私は子供を産めないわ。でも貴方の子供なら産める気がするの!」
「前に言ったけど俺の生殖器はアンデッド化のおかげでなくなってるからね?今下半身出してもツルペタだからね?」
「それでも子供が欲しいの!私を幸せにしてくれるんでしょ?」
「そんな約束だったっけ!?」
互いの生殖器官が子作りを拒絶しているのにどうしろと。クルスたちの存在はそういった意味では俺らの、むしろ彼女の負担を拭い去ってくれた。本人も無茶な我儘だとは認識しているようで、今にも泣きそうな顔をしていた。
「…貴方の、人間の教育を子供たちと聞いてて思ったの。私たちハーピーは雄を無差別に襲うだけだったから愛なんて言葉知らなかった。ただ生きるだけで、子供よりも自分の命を優先する生き物だったの。……でもリッチにあって全部変わった。毎日楽しいし、子供と一緒に時間を過ごすのがこんなに嬉しいとは思ってなかったし…私、本当にリッチのことが好きなの」
絞り出すように吐き出した彼女は久しぶりに泣き顔を披露し、静かに泣いていた。まさか初めての告白が魔物だったとは…営業だった頃の母、貴族だった頃の母が聞いたらきっと卒倒していただろう。
いまだに身体を僅かに揺らしながら聞こえる嗚咽を聞きながら軽く上昇し、そっと彼女の上半身を抱き留める。
「うん。ありがとう。人間だった時はモテた試しはなかったけど、それでも俺がいままで会った女性の中でアウラが一番好きだよ」
慰めのつもりだったのだが、その言葉を皮切りに彼女は盛大に泣き始めた。歌声を武器にしている彼女だけあって、山の中が激しく振動し始める。さらに強く抱きしめ、背中をさすっていると次第に静かになっていった。これにより稽古を中止した3人が光の速度で駆けつけるのを確認したが、部下で足止めし、問題ないことを伝えたところ渋々稽古に戻って行った。
轟音の主はまだ鼻をすすっていたが、ゆっくりと身体を持ち直した。
「ありがとう。我儘言ってごめんね?貴方とクルスにクロナ…リロがいれば何もいらないわ」
本当にごめんね、そう言いながら寝床を出て行こうとした時、彼女に呼びかけた。以前に思いついた構想を試す機会かもしれないと。
「何をするの?」
「う~ん、一応回復魔法使えるから不妊治療とか出来ないかとか考えてたんだけど、涅槃した時に魂だけ身体から抜き出すことが出来たみたいだからちょっとやってみたいことがあって…失敗するとどうなるか分からない」
「よく分からないけど何をしようとしてるの?」
「成功すれば子供産めるかもって話」
言い終わるや、突如柔らかい腹毛と壁の間に挟まれる不死王がいた。
「ありがとう!やっぱりリッチは最高だわ!!」
「待って!まだ成功してない、ていうか何もしてないから!落ち着いて!!」
やっとのことで解放してもらうと、本来不必要である深呼吸を一度し、彼女の生殖器に手をかざす。
「言っとくけど」
「問題ないわ。死んでも後悔しないし…もしそうなったらアンデッドにして貴方のそばにずっといさせてね」
弱弱しく微笑む彼女を見た上で改めて気合を入れ、両手をかざしなおす。
片手では回復魔法を発動し、空いた手で魂の一部を彼女の子宮に送り込む。女性に渡すものは男性の遺伝子情報、つまりは魂の通貨である…と強引な理論だが、他に方法が思い浮かばなかった。万が一彼女が死ぬようなことがあれば、稽古中の3人を旅立たせ、あらゆる手段を使って死のうとさえ思っていた。
魂の一部を分け与えた後、両手でずっと回復魔法を流し続ける。彼女も不安そうな顔をしていたが、しばらくすると、
ドクンッ
どこから聞こえたのか、思わず回復魔法を止めてしまった。今の音は何処かで聞いたことがある。
「鼓動が聞こえた」
見上げると涙を零しながら自身の巨大な身体を見つめていた。
「私の中から私のじゃない鼓動が聞こえた」
「…成功したか」
アンデッドアイで見ると、確かに新たな生命が彼女の中に宿っていた。ほっと一息つくとアウラがリッチに覆いかぶさり、今度は地面に挟まれることになった。
「ありがとう…本当にありがとう……愛してる」
「…俺も愛してるよ」
その後、本日2度目となる地震に似た振動と泣き声に今度こそ稽古中の3人は現場に踏み込み、ハーピーにのしかかられるアンデッドという世にも奇妙な光景を目にする。リロとクロナは何を察したのか顔を赤く染め、クルスは何が起こっているのか理解できず、ただただ困惑するばかりだった。




