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50.勇者生誕

 クロナとクルスが産まれる数年前。



 とある世界で修学旅行中の学生たちを乗せたバスが、崖から転落した。超過勤務の過労による運転手の操作ミスが疑われており、警察では引き続き捜査を行っている。なお、本件の凄惨な事故における、乗員全ての死亡が確認されている。





【皆様、今回は大変な不幸に見舞われたようで、心からお悔やみ申し上げます。しかし皆様の世界での時は終わり、次の世では私たちの愛する世界をお守り頂きたく、どうかお力添えの程、何卒宜しくお願いしたく存じます。尽きましては皆さまの望まれる力を。生きるための力を…】




[長野健一]、ファイター、17歳。

 目が覚めた時、見慣れぬ外人に囲まれていた。

 多くの人に上から覗き込まれ、同時に自分はあの悲惨な事故から助かったのかと錯覚した。だが、それもすぐ否定されることになる。

 豪華な服装に身を包んだ髭面の男が嬉しそうに健一を軽々と抱き上げ、何かを仕切りに叫んでいるが異国の言語のためか何を言っているか分からない。周囲にはメイド服の女性や執事風の男が待機しており、動揺している間に鏡の前へと連れて行かれる。そして今の自分の姿に驚愕することになる…。




 数十年の時が経ち、彼はクレセント王国の王子にして勇者という肩書を抱え、女神より授かりし加護[剣神]により、王国一の剣士となった彼を国が、人類が崇め讃える。彼の名の威光に近付こうと多くの貴族が集まり、今宵も社交パーティーに健一目当ての女性が駆け寄る1日にようやく終止符が打たれた。


 生まれ変わってすでに10年が経過しようとしている。これで何度目だろうかと溜息を吐きながらくたびれた彼は自室で服を脱ぎ、それを控えていたメイドが受け取る。


「本日もお疲れ様でした、レオル様」


 歳は6つ上だが、健一がレオル=クレセントとして生まれて5歳の誕生日を迎えた時、専属のメイドとして彼に仕えるようになったソフィアは常に微笑みを絶やさないようにしている。それが幼少より勇者として認識されていた彼を、下心の詰まった笑顔で近付く人間に嫌悪感を抱く日々から救ってくれていたように思える。


「大丈夫だよ、ソフィア。いつもありがとう」


 そう言うと一層笑顔で返してくれるが、自分自身が果たして彼女が仕えるだけの人間なのか、時折考えてしまうことがある。


 あの事故から太陽神と出会い、新たな世界を生きるための力として剣道部で磨いてきた剣技をさらに高めようと得た力が[剣神]であった。今にして思えば愚かな選択だったのかもしれない。

 確かに彼は今や最強の騎士たる称号を持ってこそいるが、これも剣道部として培ったものではなくスキルによるものが大半。異世界を生きるための力とはいえ、ずるをしているような気がして稽古で勝利する度に罪悪感に見舞われる。それもあってか、前世から毎日行っていた1000本素振りは朝と夜に行っている。

 いつか自身の力が剣神の名に追いつくように。



「それにしても本当に[勇者]だなんて称号、僕には荷が重すぎるよ」


「そんなことありませんよ。レオル様が毎日努力されていることを私や家臣の皆様はしっかり見ておりますから。ご安心ください」


「…産まれた者が光に包まれたら勇者って話だったけど、本当に僕光ったの?」


「はい。私も当時はっきりとこの目で見させて頂きました。その日から母に、いずれ私はレオル様に仕えるのだと毎日のように言われてきました。勇者だからというだけではなく、こうしてレオル様のお世話をさせて頂いているだけでも私は幸せです」



 いつものやり取り、いつもの相互赤面。

 父である国王や周囲からはひっそりと公認されているが、本人たちはそのことを知らされておらず、従者と王子という身分から多少線引きはしているつもりである。



「僕はいずれ魔王と戦うことになるんだろう。でもまだ魔物を実際見たこともないし、王城からほとんど出ずじまい。それにやってることと言えば訓練と社交界の毎日。こんなんじゃ、勇者の名も廃るよ」


「レオル様…」


 それ以上何も言わず、椅子に腰かける彼の横に佇むソフィア。勇者であると同時に王子である彼を、そう易々と表に出すわけにはいかない。そして万が一、復活した魔王の軍勢に国が襲われでもしたら、その時勇者が不在だったら。

 国民の不安を煽りかねない。


 そのことはレオルも理解している。何よりも自分を慕ってくれ、自身も愛しているこの世界の居場所を失いたくはない。それでも訓練だけの毎日に力の行き場を失っていた。そんな折、ドアがノックされる。


「開いているよ」


「失礼します」


 老齢の執事ゴンザ、国王エファルトに仕え続けてきた従者の鏡。要件人間の彼だが、こんな遅くにレオルを訪ねてきたことはいままで一度もなかった。


「国王がお呼びです。至急、部屋までいらしてください。ソフィアはもう寝なさい」


 わかりました、ソフィアが言い終わる前に扉を閉めてしまった。レオルは昔から気難しい彼が苦手ではあったが、父に呼ばれて行かないわけにはいかない。


「じゃあ父の所に行くよ。今日もお疲れ様」


 そう言って手を振ると深くお辞儀され、彼女を背後に残したまま部屋を後にする。






「お前、冒険者になれ」


 豪華な飾り付けが施された部屋に父にして国王、エファルトはベッドに腰掛けると第一声にそう発した。突然のことにどう反応すればいいか分からなかったが、彼は淡々と告げる。


「お前は確かに私の息子だ。この国の次代を担う王子だが、同時に勇者として産まれた宿命も背負う。我が国だけを守るためにこの世界に遣わされたわけではあるまい」


「父さん…」


「だからこそ、お前にはもっと世界を見てもらいたい。そして経験を積むためには実際戦うしかあるまい。魔王に関わらず、外は人間同士の醜い争いは絶えないが、それもまた糧となるだろう…冒険者ギルドのマスターには私から話を付けた。明日にでも出発する準備をしなさい。それと偽名での登録だからな、リオンと名乗るといい」


 国王として父として、それぞれの思惑が彼の表情を複雑に彩っていたが、それでも放った言葉を撤回することはなかった。


「しかし、それでは国を離れることになりますし、民も不安に思われるのでは…」


「そんなことは気にするな。私の方で何とかする」


 心配するな、と笑顔で答えると用件は済んだとばかりに追い払う仕草をする。しばらくエファルトを見つめていたが、やがて眼を閉じ、頭を下げて退出した。



「レオル様」


 母に父の決定を告げようと部屋へ向かっている途中で、ソフィアと出会った。いままで見たことがない、寂しそうな顔をしていた。


「行ってしまわれるのですね」


「聞いてたのか?」


「いえ、ゴンザ様が夜更けに来る理由がそれしか思いつかなかったもので」


 努めて明るい顔しようとしているのだろうが、傍から見れば今にも泣きそうな顔にしか見えない。それ以上続けようとしない彼女に歩み寄り、そっと抱き寄せる。


「一介のメイドがこのような……申し訳ありません」


 言葉とは裏腹にレオルの服を破らんばかりに握りしめており、顔を伏せているため表情は見えないが、肩と声の震えで察しはつく。年齢の関係もあって彼女の方がレオルより身長が高めなため、人形のように抱かれているのは恰好がつかないものの、肩の震えが止まったのを見計らって話しかけた。


「好いてくれるのは嬉しいけど、僕はまだ10歳だよ?」


「ならもっと10歳児らしく振る舞ってください」


 高校生だった人間にそれは無理だろうと内心苦笑するも、異世界に転生したレオルに寄り添ってくれた彼女は何があっても守ろうと、改めて心に誓った。ふと彼女と視線が合うと勢いに任せて彼女の唇に自分の唇を一瞬重ねる。


「…10歳児とは程遠いですよ」


「ふふふ。心配してくれてありがとう。必ず帰ってくるから」


 年下相手にここまで赤面するのかと笑い出しそうになるが、少なくとも不機嫌そうな顔をして嬉しそうにレオルを抱き寄せる彼女のされるがままにされた。


「必ず、ですよ」


「必ず。約束するよ」


「守れない約束はするものではありませんよ?」


「僕は絶対に約束を守るよ。いままでも、これからも」



 結局、母への報告は翌朝することになったが、父から聞いていたから安心して言って来いと軽く言われた。相変わらず適当ではあるが、父と僕を信用しての一言であることは十分理解しているため、それ以上何も言わずに冒険者となるべく支度を始める。



「冒険者…か。他のみんなは無事だろうか」

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