05.デスマーチ
それからの判断は迅速なものだった。
[砦からの脱出]
この地に一切の未練もなければ、このような更地にいつまでも滞在していると誰かに発見される危険もはらんでいる。この地の周囲の地理は何1つ理解していないが、背後を佇むアンデッドの群れのおかげで未知の領域を散策することは苦ではなかった。
ここから新たな冒険が始まる、この世界に産まれてすぐに輝かせていた赤子の時分を思い出しながら力強い第1歩を踏み出した。
「…アンデッドのスピード速度、遅っ」
その後は波乱も特殊イベントもなく、ひたすらアンデッドの大軍とともに道なき道を突き進んでいった。森の中は魔物の巣窟であり、死にたくなければ決して入るなと散々砦の兵士に脅されていたがいまだに魔物との遭遇を果たしていない。大軍を恐れ、近づこうとしていないのかもしれないが油断をする暇はいまだにない。
何体いるのか把握できてはいないが砦を徘徊していた全てのアンデッドをスカウトし、隊列として弓兵で周囲を固め、その前方と後方を盾や剣を持っていたアンデッドを配置した。ゲームに出てきてもおかしくないだけの武装はしているが、いまだに彼らの戦力は未知数であった。魔物といえど元は死人、これだけの数を揃えていながら実は紙レベルの装甲と実力しかない可能性もある。
さらに問題なのはまず何処へ向かうか、である。
明確な目的地があるわけでもなく、海や草原といった抽象的な場所を目指すのがベストであった。村などの人の営みがある場所はまず討伐されてしまうため、誰も寄り付かない場所へ移動する。そしていつ終わらぬとも分からない余生を過ごし、あわよくば趣味を見つめて今度こそ自由に生きたい。
「ガーーーーー!」
「ギィーーーー!」
脳内を花畑で散らしている頃、突如前方から叫び声と戦闘音が鳴り響く。状況を理解する暇もなく、さらに周囲に配置していた弓兵が前方に向かって一斉に矢を撃ち始めた。
行軍中に与えていた命令は『俺から離れるな』『敵を排除せよ』の2つ。命令できる範囲がどこまでかを十分に理解していなかったが、現状を見る限りでは問題なく従ってくれていることにひとまず胸を撫で下ろす。しかし前方の隊列が視界を邪魔しており、そもそも何と戦っているのかが確認できずにいた。
飛び跳ねたりとあの手この手と同じ位置から前方を確認しようとするが、努力が実ることもなく少しずつ沈黙が森の中を支配していく。やがて完全に静寂があたりを包んだ頃を見計らい、アンデッドの同胞に道を開けるように命じながらかき分けるようにして前に躍り出る。
先頭にはゴブリンが20体程倒れてた。
何度も切り刻まれた後を残しながらも後方支援の矢が1体1体かなり刺さっており、情け容赦なく同胞によって蹂躙されたことが窺える。しかし彼らもただやられたわけではなく、アンデッドも彼らの死骸のそばで12体程倒れていたが何事もなかったかのようにゆっくりと立ち上がった。
立ち上がった同胞もだが、先頭にいたそれなりの数の同胞にも同じように矢が刺さっていたことに笑いがこみ上げてきそうになると同時に精密度が高いというわけではないことを知る。
ゴブリンの獲物は戦場跡から回収したのか、斧や剣と豪勢なものではあったが切り付けられたアンデッドの身体を検分する。身体の硬度や死後も装備していた鎧には相手も苦戦を強いられたらしく、検分を続けていると緑色のゴブリンたちの中に1体だけ一回り大きな茶色のゴブリンが視界に入る。
「ホブゴブリンか…」
ゴブリンの集団を統率するリーダー的存在であり、屈強の兵士でもかなり苦戦を強いられると噂を聞いたことがある。しかし現在の戦況を見る限りでは、かなりいい塩梅で戦えたのではないかと思えた。同胞の実力も理解するいい機会に巡り合え、感謝と念仏の意味を込めてゴブリンの死骸に手を合わせる。
ビクッ
視界の隅にゴブリンの手が痙攣するのを捉え、身を引きながら前衛の背後へ迅速に隠れる。例え相手が瀕死であり、自らはアンデッドとして復活を果たしたとしても戦闘経験は一切ない。恥も外聞もなく、こっそりと頭を突き出すようにして先程のゴブリンの様子を窺う。
再び痙攣し、手から腕、そして身体全体が痙攣しだすとそのまま動かなくなった。何が起きているのか、様子を見ているだけでは理解できずにトドメを刺させようかと検討していると死骸は地面に手をつき、まるで寝起きのようにゆっくりと起き上がった。
「ば、馬鹿め!!我が軍に立ちはだかるとは生意気な!お前たち、やっておしまい!」
悪役の立ち回りにしか聞こえない台詞であったが、ボロ切れのように切り刻まれた屍が立ち上がる様はまさにホラーであった。自身も似た経歴を持ち合わせていたことも忘れ、前衛の背後に隠れながら今か今かと待ち構えていたがいつまで経っても立ち上がったゴブリンは襲ってくることはなかった。
ただその場で立ち尽くすだけであり、その様子を静かに眺めていると他のゴブリンの死骸も痙攣を起こしながらも続々と立ち上がり始める。顔が半壊しているもの、腕を失っているもの、決して物理的に動くことができないはずの死骸が死した場所で立ち往生していた。
その後も一切動くことなく、フラフラと身体を揺らしているだけであったがその光景は初めてではなかった。むしろつい最近見たばかりの、記憶に新しい動きに自身でも気付くことなく自然と言葉が漏れ出ていた。
『隊列に加われ』
その言葉をしっかりと聞いたのか、意地でも動かない様子であったゴブリンたちはゆっくりとした足取りでこちらへ向かってくる。念の為、さらに大軍の中の内側へと移動を始めたが近付いてくる彼らは敵対する姿勢を取ることもなく、先頭にいたアンデッドと合流するとその場で待機した。
「…昨日の敵は今日の友…ってか?」