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49.兄妹

「…ねぇ、ママに怒られちゃうよ?」



 両親の隙をつき、兼ねてより並々ならぬ興味があった森へと侵入したクルスは怖がるクロナを引き連れてどんどん森の中へと入って行った。魔物が出るからと言われたが、母からアンデッドが常に巡回していると聞いている。つまり危険はないものと判断し、当初は乗り気だったクロナも太陽光が徐々に閉ざされていることに怖気づき始めていた。

 それでも心の導くままに進み、妹の小さな手を引っ張りながら当てもなく歩き続ける。



「今、何か動いたよ!?」


「えっ!?…だ、大丈夫だよクロナ。何もいな」


 妹をなだめようと言葉を紡ごうとするも、茂みから突如ミノタウロスが出現したことで彼らの視界は全て魔物に向けられていた。すでに腰を抜かしているクロナ含め、クルスもまた足が震えてその場から動くこともできずにいる。その様子を察してか、美味そうに舌なめずりすると持っていた棍棒を投げ捨て、ゆっくりと彼らの2倍の大きさを有する手の平を近付けていく。


 徐々に迫りくる[死]に、果たして父がアンデッドとして復活させるだろうかと意識が薄れゆく。しかし暗闇に満ちていた空間に一筋の光が差し込み、思わぬ眩しさに襲撃者はその手で目を覆う。

 巨大な羽根に黄金のように光り輝く髪をなびかせた女性のシルエット。かつて大嫌いであった勉学の時間に、父が描写していた[天使]の存在。天の助けと涙を流しながら喜ぶも、その真の姿と美しさに不釣り合いな怒声を確認した時には複雑な思いが表情をよぎった。



「ぁぁぁあんた私の子供たちに何してんのよぉぉおおおおおっ!!?!」


 [天使]は鋭い爪、そしてミノタウロスに負けない巨体を急降下すると襲撃者が立っている場所へと迷うことなく飛び込む。砂塵が舞い、激しく打ち付ける風に腕で全身を覆おうとするも踏ん張りがきかずに近くの大木まで吹き飛ばされる。ようやく風が穏やかになり、そっと目を開いた。



 眼前には羽根をむしられた時以上の形相を浮かべた巨大な母。なんとか目を逸らそうとするも、自然と視線を向けた先は先程までミノタウロスが立っていたはずの場所。隕石が落ちたように窪んでおり、跡形もなくその姿を消していた。その光景に否応なしに再び母に視線を向け、クロナもまた同じように襲撃者の最期を確認すると背後から涙目になりながら母を見上げていた。


 ミノタウロスと遭遇した時以上の恐怖を覚え、口を開くことすらできず何度も唾を飲み込んでしまう。だが沈黙も彼女の一喝によって消し飛んだ。


「心配したんだからねっ!?」



 叱られると思いきや、暖かい羽毛が彼らを歓迎するように押しつけられる。太陽の香りが鼻腔をくすぐり、相変わらず声を出すことは出来なかった。かろうじて2人は震える手で彼女を抱き返し、声にならない声で顔を涙で濡らした。



「ごめ゛…ごめ゛、な…」


「ごめ゛ん゛な゛ざい゛ぃぃい」


「大丈夫か2人とも!?」


 抱き合い、盛大に親子3人で泣こうとした刹那、空気をぶち壊すように出現した父の姿によって感動の再会は霧散する。やがて両親の存在によって安全になったとようやく自覚すると同時に、目を泣き腫らしてしまったことに羞恥心を覚えるとクルスたちはもじもじと顔を赤くする。

 現状にいまだついてこれないリッチは不思議そうな顔をしていたが、背後に見えるクレーター跡から危険が去ったことだけは理解することができた。クロナたちに視線を戻し、ビクッと肩を震わせた彼女たちに近付くとゆっくりと下降する。



「お前さんたち、言いつけは守れなかったみたいだね?」


「「…ごめんなさい」」


「んー、まぁ気持ちは理解できんでもないんだけどさ。もし魔物のいない…人がいる場所に住みたいならちゃんと言いなよ?」


「…私とパパが責任もって森の外まで連れていくわよ…そこから先はどうなるか分からないけど」


 気まずそうに頭を掻く父に、寂しそうに微笑む母。その姿を見て居た堪れなくなったか、クルスはアウラの、クロナはリッチに飛びついた。


「ち、違うの!ただ、ただ…森の中を探検、したくて…僕がクロナを無理矢理引っ張ってきたんだ」


「違うよ!私が勝手についてきただけで…」



 相手の責任ではなく自分が悪いのだと主張するクロナたちの思惑とは裏腹に、2人の魔物は胸を撫で下ろしていたことを悟られまいと必死に表情を取り繕うので精一杯だった。

 人里に戻ろうとしたわけでもなく、かといって互いに責任を押し付け合うような人間性も持ち合わせていない。互いに初めての子育てとはいえ、子供が立派に育っていることを予想もしない形で見ることができたことに心から安心していた。


 今もなお相手の立場を守ろうとする2人の小さな頭を優しく抱きかかえ、ようやく森が静けさを取り戻すと2人の顔をじっくりと眺める。



「これで森に入っちゃいけない理由は分かったな?」


「「…はぁい」」


「よし!反省もしたわけだし、さっさと戻って…」


「ちょっと待った!…やったことはちゃんと責任取らないといけないわよね?」


 表情はとても穏やかなもの。しかしいつしか怒った時のものとは全く違う異様な雰囲気に、クルスたちの顔は完全に青ざめていた。






 その後、アウラの背に乗ったクルスたちは最速の速さで山へと到達するも、延々と山をトップスピードで周回する地獄のメリーゴーランドの刑に処されていた。

 顔にツヤが出ているアウラとは対照的に2人が戻ってきた頃には足元がおぼつかなかったが、住処に転移していたリッチの元に辿りつくと2度悪さはしないと首を振りながら不死王にいつまでも抱き付いていた。

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