47.子育て
「ところでどうして急に了承してくれたの?」
「…あんな縋り付く目で見てくるなんて反則だろ。それに約束しちまったし」
「約束って、あ」
ーー生きがいを作ってあげよう!!
自分の人生すらまともに歩めない男の妄言であったが、それでも目覚めた最初の友人に何かしてあげたい。そう思っての決意表明だったが、どうしてこうなったと抱いている赤子を見ると、人の気も知らずに再び寝入ってしまった。やれやれと顔を起こすと白い肌をもつアウラの頬は赤く染まっており、チラチラとこちらを窺いながらゆっくりと口を開く。
「ありがとう」
存命中であれば迷わず食われることを了承できる、それだけの破壊力が内在していた。性欲は尽きても煩悩は消えないのかと冷静に自己分析が出来たところで本題に戻ることにした。
「ま、まぁ元人間のよしみってのもあるし、人間は父親と母親の2人で育てるのが一般なんだよ」
「母親は父親を食べないの?」
「人によっては別の意味で食べるかもしれないけど、生肉的な意味では食べません。少なくとも母親には十分に栄養を与えるから滋養として食う必要はないし」
その後もハーピー文化と人間文化の違いについて確認しつつ、随時どのように赤子の世話をしていくのか話し合った。
「赤ん坊はある程度大きくなったら巣からけり落とすんでしょ?」
「なに猟奇的なこと言ってんのさ。人間に翼生えてないだろ?」
「でも貴方、元人間なのに浮いてるじゃない」
「今の俺は魔物だ」
本当に1人で世話させたらどうなっていたか、改めて助力を申し出てよかったと溜息をついている時にカゴの中にいた赤子2人がふいに泣き出した。今度は何!?とパニックに陥るアウラを宥め、弟の面倒を見たという遥か昔の知識を必死に手繰り寄せて原因究明にあたる。
「まずはトイレの確認」
布にくるまれている赤子は裸であったが、確認するとトイレの異常はなし。そして男の子と女の子であったことが同時に判明し、アウラに伝えるとまるで自分が産んだかのように喜んでいた。
「次にあやしてみる」
喧嘩をしていたわけではないが、言い合いをしていたと勘違いして泣いてしまったのかもしれない。再度抱き上げ、あやしてみるが泣き止まない。アウラも抱きたそうにしていたが腕がないため、その件に関しては今後どのように対応するか検討することにした。
「あとは…ご飯だな」
「人間の赤ん坊って何を食べるの?生肉?」
「いやいや死ぬって。通常は母乳かそれに代わる物を飲ませるんだけど…」
アウラは一応卵を産む鳥だし、この辺で粉末ミルクとか手に入るか?一瞬餓死するのではないかと危惧したがノシノシとアウラが寄ってくると前屈みになり、胸を赤子に差し出す。しばらく赤子はグズっていたが、アウラの胸に触るとやがて美味しそうに吸い付き始めた。
「え゛、出るの!?」
赤子に生肉を食わせる発想がすんなり出るあたりヒナ?には生肉を与えていたのだろうが、まさか本当に母乳が出ているとでもいうのか。
「非常時用、かな。あまりにも食糧がなくてヒナが死にそうなときに蓄えた栄養をこうして分けてあげるの。そうすると母体が死ぬことも多いけど」
「アウラは大丈夫なの?」
「2週間分は食べたって言ったでしょ?」
心配しないで、とにっこり微笑むが正直赤子を抱えてる目の前で授乳されるとは思ってもおらず、あまりの初体験に身体を硬くするしかなかった。
やがて満足したのか、吸う動作が緩慢になり静かに寝息を立て始めた。
「ふふ、人間でも赤ん坊はやはり可愛いわね」
とても嬉しそうに話す彼女に食糧問題は解決したことを述べ、寝ている間に声を抑えて今後の打ち合わせをすることにした。
その間、赤子2人が寝かされたカゴの周りには、鬼気迫るアンデッドの兵士が常時警戒に当たるという悪夢のような光景が広がっていた。
赤子の方針は決定された。
最終目標は人間の社会に戻れるだけの教養と力を身に着けること。[巣立ちの時]とアウラは表現していたが、人間の成人となるべき時間の手間と、共にいられる時間の長さの皮肉を言いながらも羨んでいた。そして同時に彼女は娘を[クロナ]、息子を[クルス]と名付け、理由を聞くと巣立ちに失敗した彼女の姉妹の名だと悲しそうに微笑んでいた。
クロナ、この世全ての秘宝。
クルス、先を照らす光。
それぞれの意味を語った後、それぞれの父親と母親としての役目を確認することにした。
赤子の成長次第で変えていくが、風呂や玩具作りは俺となった。玩具は部下に命じ、木を削って積木や思いつく限りの物を作らせたが、玩具遊びは赤子のホニャララの発達にいいとかって話を聞いたような気がしたのだ。しかしさすがに父親の立場として全て他人任せというのもよくないので、風呂は自分でやることにした。水魔法を使える部下がいたので水球を作らせ、洗ったり浸からせたりと、最初はかなり抵抗されたが入れる度に慣れて行った。クロナが慣れるのにかなりの時間を費やしたが…。
アウラはそれ以外の全てをやる。食事はもちろん、遊んだり一緒に寝るのが彼女の役目だ。とくに寝る時は、仰向けになった彼女のフカフカの羽毛に乗せ、繁殖兼捕食用の雄を惑すことで悪名高い美しい歌声で彼らを眠りにつかせていた。本来アンデッドに睡眠は不要、むしろあらゆる状態異常が無効ではあるが、この歌声ばかりは魂が揺らいでしまうほど好きだった。
ただし、万が一眠りについたその時は恐らくゲッカちゃんとの再会になるのだろう。
そして共同作業に2つ。
トラック追突エンドの世界ではよく赤子をベビーカーに乗せ、日中に近所を散歩する婦人を見かけたが何故散歩をするのかは終ぞ知ることはなかった。少なくともこの異世界でそういった光景は見なかったが、もしかしたら成長のための重要事項かもしれない。
その話をすると、
「任せて!」
赤子を入れたカゴを足で掴むと大空へと舞い上がり、山の周辺を旋回する行為を[散歩]と位置づけた。この時間、リッチは彼女の背に乗り、どのようなスピードや角度でも同じ態勢で浮遊し続けることができることが判明。何故同伴しているかといえば、つい漏らしてしまった一言がアウラとリッチの2人を縛り付けた…物理的に。
赤子の方針談義の際、
「両親が仲良く、一緒にいる所を子供に見せた方がいいんじゃなかろうか」
「何故?」
「ハーピーはともかく、幼少の頃はポジティブなものを見せるのが大事らしいよ?」
「ふ~ん……じゃあ私とずっと一緒にいればいいのね?」
「…はい?」
それからは彼女が眠りにつくまで文字通りずっと横にいた。赤子に対するリッチの役割中もアウラの役割中も、互いのそばを離れることはなかった。ミノタウロスの屍の入手や魔法を発現できる屍もいることから、改良のために隙をついて穴倉に戻ろうとすると必ず言われていた言葉がある。
「私と仕事どっちが大事なの!?」
不用意に言い出したのは自分とはいえ、ここまでのレベルは想像すらついていなかったことに激しく後悔していた。唯一の自由時間は彼女と赤子の就寝および住処改造のためのみとなった。
自身が涅槃を実行した住処と掘り起こした出入り口を中心とし、部下収容のための貯蔵庫を山の中央深くに掘った。改良のための研究室も作ったが、赤子が入れぬよう貯蔵庫の真横に作ることになった。
赤子の世話は思ったよりも感慨深いものはなかった。自分の子供ではないからか、アンデッドとして感覚が麻痺しているからか、それとも俺自身が薄情だからか。しかしアウラが何をするにしても楽しそうに過ごしているのを横目で見る分には満たされるものがあった。
赤子の未来はどうなるか分からないが、願わくば赤子も無事育ち、アウラが幸せに暮らせることを望む…。
「あ、リッチ!クルスとクロナが糞をしたわ!!」
仕事もう一つあったわ。自作オシメの交換…。
自作オシメの製法:
①部下に浄化魔法をかけさせていた元清潔な布オシメを剥がします。
②赤子を持ち上げ、下半身を水魔法で洗浄したのち、火魔法でほんわか乾かす
③部下がオシメに浄化魔法を掛ける
④オシメを付け直す
以上。
なお、浄化魔法は物に掛けられるが、生き物には使えない模様。




