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46.幸福は揺り籠から

 ようやく食事を終えた彼女の腹は別段膨れているわけでもなく、むしろ出会った頃と全く変わっていないように見えたが、それでも満足そうに恍惚とした表情を浮かべてるあたり全て腹に入ったのだろう。


「毎回こんなんじゃあ困るんだけどな」


「ち、違うわよ!?群れにいた時もいつ食事にありつけるか分からない生活だったから食べれる時に食いだめしておくのが、私たちの習性というか」


「どれくらい食べたの?」


「う~ん、大体2週間分くらいかしら?」


 半ば呆れつつ、食事に困らない生活はさせないからと説得したところで立ち上がり、飛び立つ準備をするかのように羽ばたき始める。


「まだ足りないのか!?」


「違うって言ってるでしょ!…食後の運動よ。それにしばらく飛んでなかったし」



 ーー飛び方を忘れてしまいそうなほど。

 そう呟くと暴風が洞窟内を満たし、風が治まる頃には彼女の姿はすでになかった。食後の運動、ということは少なくとも戻ってくる意思はあるのだろう。





 さて、やる事なくなった。

 楽しませてやると言った手前、自分が今楽しくないってまずいよな……出掛けてみるか。幸い先程の狩りのおかげでこの山を中心に半径1キロ以内には生命の気配は一切なく、思えば埋もれてからいつ以来ぶりかの外出となることに胸が高まり、記念すべき第1歩を踏み出す。



 が、いつぞやのように足は空を蹴るも、落下することはない。

 足元を確認すると身体は相変わらず宙に浮いており、試しに斜面の登り降りを試みたがホバリングするだけで終わり、かといって空を飛べるわけではないことが判明した。前々世にて毎年夏に山を登っていたなんちゃって登山家としては由々しき事態ではあったものの、俺もう死んでるしココ異世界じゃん、の一言で全てを受け入れることが出来た。


 一抹の懸念を拭い去り、そのまま地上へと難なく降りていく。そして到着後に下山したルートを振り返るが、もはや洞窟であった頃の面影は何処にも見えない。雲まで届きそうな程悠然と構えており、再び振り返るとその周囲を囲む森も樹海の如く鬱蒼と木々が生い茂っている。一体どれほどの時間が過ぎてしまったのか、改めて考えさせられる。



 どれ程時間が経ったであろう。男はいまだに山のそばを離れず、森をキッと睨みつけている。


「どうしよ」


 森に敵はいないのは確認済み。本音を言えば某冒険者の如く森を突き進み、おおよその方角に向かっていけば[城塞都市カンジュラ]に辿り着くはず。護衛も能力も万全、それでも不安が拭い去れないのには理由がある。



 ーー悪乗りしすぎたのだ。




 転生にしろ、異世界にしろ、世紀末のようなファンタジー世界で逞しく生き抜く都市を青い鳥詐欺でテロしたあげく、昔物語を全力で祭るような国が今も存続しているだろうか。単純に攻め込まれて滅んだならまだしも、自身の責任だとすればまるでタイムスリップして過去を変えてしまったような責任感がのしかかる。

 しかし仮に国は今も栄えていたとしよう。どう見ても浮遊するアンデッドを、喜んで歓迎するような狂った国はいるだろうか。自分が人間の立場であれば、目撃証言があった時点で討伐依頼を出す自信がある。



 かといっていつまでもこの場で二の足を踏んでいれば、このままでは引き籠り王になってしまう。心の葛藤を胸に、せめて森の探索だけでもと1歩分浮遊した時、背後で暴風が渦巻く。


「何してるのよ?」


 振り返ると飛び立った彼女は何事もなかったように着地するが、何故か片足立ちしていることに気付く。


「足、怪我でもしたの?」


「ん?私は平気よ。それよりこれを見て」


 ふいに片足をこちらへ差し出してくるが、白い布が入ったバスケットにしか見えない。

 彼女の顔は微笑ましそうにしているので、美味い物でも拾ってきたのかと白い布を丁寧に剥いてみる。


「……赤ん坊?」


 ぐっすり眠っているが、生後幾日もしないような人間の赤子が幸せそうにそこにはいた。

 それも2人。


「誰から奪ったこの人でなし!」


「人じゃないわよ!それにこの子たち森の入り口に置いてあったのよ!」


「捨ててあったってこと?」


「多分…」


「元の場所に戻しておきなさい」


「この人でなし!」


「元、人間だ!!」


 放っては置けないというハーピーと、魔物2人が子供を育てられるわけがないという論争は赤子2人が騒音に泣き出したことで終止符が打たれた。


「あ、あ」


「げ、起きた」


「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁあ」


 本格的に泣き出す2人にアウラはあたふたとするが、その様子を呆れながら見ると黙って赤子は両腕で抱き上げてあやす。歳の離れた弟を前々世で面倒を見ていた経験が、まさかこんなところで役に立つとは。

 複雑な思いを胸に徐々に泣き止むのをやめた赤子はぱっちりとした目でアンデッドフェイスを見上げている。


 これで泣かれたらもはや手の施しようがない、そう思いながら第2波にそなえていると、


「……笑ったわ」


 一方は手を叩いて、一方は手を精一杯伸ばして、思い思いに笑い声を上げる。

 最後に赤子を抱いたのも弟以来だと、感慨に耽りつつ顔を上げるとアウラの瞳が輝いていた。飼ってもいいでしょ?という純粋無垢な目と抱いている赤子の視線のダブルパンチ耐久にしばし持ち堪えるも、その鋼鉄製のガラスハートは脆くも崩れ去った。




「ほら、貴方にも懐いてるし扱い分かってるじゃない!!ねぇいいでしょ!?」


 抱いている赤子にも構わずグイグイと近付いてくるなか、いつもの飄飄とした彼女とは違う、焦りのようなものを感じた。


「この赤ん坊に思い入れでもあるの?」


「…私は子供産めないって言ったでしょ?」


 藪蛇だったか。そこに気付けないほど鈍感なつもりはないのだが……赤子の襲来で動揺するようでは不死王の名が泣いてしまうな、と鼻で笑うとアウラはゆっくりと語り掛けてくる。


「私1人で見るから人間の赤ん坊の世話の仕方を教えて!絶対に迷惑をかけないから」


「駄目だ」


「…ぅうう…」


「…お前さん1人じゃなくて、2人で見る。これが妥協点だ」


「リッチ!」


 次の瞬間には猛然と距離を詰められ、人間であれば死を覚悟していたであろうが、赤子を抱いているからか直前で威力を殺しゆっくりと首をもたげてくる。

 シャンプーなど使っていないであろう柔らかい髪や身体も、同時にリッチの身体に優しく重なる。


「ありがとう。この子たちと私のこと、これからもよろしくね」


 この時、つくづくアンデッドで良かったと思えた。

 心臓があればトキめきすぎによる心筋梗塞に陥っていた可能性がある、そう冷静に考える自分に溜息をつきつつ、目覚めて早々に再び[守りたいもの]が出来たことに至福を感じていた。






「アフターライフも悪くない、かな」







「何か言った?」


「何も言ってない」


「そう?じゃあこれからのことなんだけど…」


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