45.新たなる出会い
「生きがい?」
「そ。今がどうであれ、この世界を生きて行こうって気にしてやんよ」
……
…ぷ。
「あはははははははははははは!」
狭い洞窟内にも関わらず、暴れるように身悶えする彼女にブッチが反応しそうになるも手を出さないよう厳命する。臭い台詞だとは思ったが、ここまで笑われるとは思わなかった。予想していたとはいえ、多少ショックを受けていると涙を浮かべながら元の位置に彼女は戻る。
「ははは。あー…こんなに笑ったの生まれて初めて」
「そりゃようござんしたね」
「ちょ、馬鹿にしたつもりはないのよ!?ただそんな風に言われるなんて思ってもみなかったし、しかも相手はアンデッドだし」
面と向かって笑われていい気はしなかったが、それでも元気になったことを考えればよかったのかと内心複雑に思いながらもため息を吐きつつ、ぎこちない笑顔で彼女に応える。それを受けた彼女も先程の翳りがなくなったように、むしろ吹っ切れたかのような笑顔で応じる。
「いいわ。アンデッドが私に生きる気にさせられるっていうならやってみなさいよ!できたら言う事なんでも聞いてあげるわ!」
「駄目だったら?」
「そんなこと考えたら私が生きる意味なくなっちゃうでしょ?」
何を言っているんだ?という顔を向けられるも、すぐに表情が明るくなる。彼女の話はそれなりに堪えるものがあったが、おかげで寝起きの憂鬱さを吹き飛ばせるだけの出会いがあった。エルフの里はじっくり探せばいい。まずは彼女に今を楽しんでもらわないと。
とりあえず彼女の空腹を癒すところからだな。
「何を食べるの?」
「んー、生肉だろうと何でも食べるけど、この辺の奴らって結構強いから私1人で狩りするのは厳しいかも。そもそもハーピーが群れてるのって1個体だけだと勝てないからっていうのもある位だし」
「じゃあ代わりに獲ってきてあげるよ『捕獲して来い』」
石像のように佇んでいたブッチはハーピーの脇をすり抜け、吸い込まれるようにして眼下に広がる森の中へと消えて行った。
一瞬の出来事にポカンとするしかなかったが、ほどなくして遠くから獣の断末魔がしたかと思うとほどなくして牛を担いだブッチが山を某クモ男の如く登ってくる。
「え、ちょっとあれミノタウロスじゃない!」
近付いてくる獲物を見ると確かに頭は牛だが首から下はマッチョな人体。通常は魔境の奥地にしか見られないらしいが、この辺りは魔素が濃いために近頃は文字通り化物と呼ばれるような魔物も出るらしい。
彼女の説明に納得していたが、ふと疑問が浮かぶ。
「あれを、食べるの?」
「貴方が獲ってきてくれたんだから食べるに決まってるでしょ?それに人型は栄養価が高いのよ?」
「へー…ゴブリンも?」
「あれはダメ。食べれるけど」
2人の場所まで辿り着いたブッチはハーピーの目の前に獲物を置くが、首を一撃でへし折られたミノタウロスは絶命していた。ブッチの性能に劣化が見られないことに安心したのも束の間、猛然と獲物に食いつく彼女の姿に、肉食系という言葉では表現できないものを感じていた。
「あは、ごめんね?死のうと思ってたから何も食べてなくて、そもそも1人じゃ獲れるかも分かんなかったし」
「いやいや、沢山食べれるのは健康の証拠だから。おかわりは?」
「する!!」
その後もブッチと他に控えている部下たちに次々と獲物を捕獲させては片っ端から平らげている彼女に半ば呆れつつ、手持無沙汰の間に自分自身の性能を確認することにした。
彼女の胃袋は何処に繋がっているのか、いまだに食事を続けているがこちらも可能な限り妄想を駆使し、おおよその能力は把握できたように思う。
色が見えるのはともかく、まず部下が魔法を使えるようになっていることを知った。正確には魔法が生前使えた素体なのだろうが、連れてきた魔物がこんがり焼けていたので視界をジャックした所、索敵と補助を命じていた個体がファイアボールをぶっ放していることが判明。そのご主人様は結局攻撃魔法が使えなかったというのに…威厳とか大丈夫だろうか。
さらに視界ジャック時に限らず、通常でも生物や物体を熱センサーのように全て感知できるようになっていたことも分かった。部下がスムーズに狩りを行っているあたり、同様の恩恵を付与されている可能性がある。
そして最も重要な、むしろアンデッド研究を始めてずっと夢見てきたスキル、[召喚魔法]がついに使えるようになった!アンデッドボス系の基本である!
なお、ゲームのように地獄から骸骨兵を無限召喚というのは出来なかったが、いままで生み出したアンデッドを召喚することが可能であった。その成果を試すべく、無残に灰となった砦の同胞たちを召喚し、初めてアンデッド化を果たした者たちとの同窓会が実現するに至った。
…沈黙と無表情の再会には流石に堪えたけどもね。何を期待していたのか、今をもってしても分からない。
ハーピーのおかげで発見した能力もあった。
毎回獲物を担いで山をよじ登るシュールな光景を不憫に思い、「あの子たちをここに召喚できないの?」と指摘されたので試したら普通に出来てしまった。逆に他のアンデッドや自分自身を、他の地点にいる部下の場所へ転移出来たことには同窓会以上の驚きがあった。
あとは部下の視界ジャックにより森の中の景色や獲物を仕留めるシーンを見て「へー、ほー」と感心していたら気味悪がられ、事情を説明した際「私も見てみたい」と言うので頭を捻って実現した結果、手の平よりオーブ状の空間が出現し、生放送をお茶の間にお届けすることに成功した。
彼女に能力開発の手助けの礼をすると、
「私を楽しませてくれるならそれくらいできないと」
と、笑顔で言い放ったが、能力に目覚める度に食事を中断して驚いていた姿を横目で確認していたことをこの時の彼女は知ることはなかった。その彼女だが、今だに食事を続けている上に食糧を口に運ぶ速度は衰えることもなく、生態系を崩しかねない勢いに多少の不安がよぎる。
…そういえば。
「お姉さんの名前は?」
「ん?モグモグ、ゴクン。アウラよ」
「アウラか」
「流れゆく光、って意味らしいんだけどお母様の考えてることはよく分からないわ。この先どうなるか分からないけどこれからも宜しくね、親切なお隣さん!ところで貴方の名前は?」
その問いに口を開きかけて、言葉に詰まる。
ここにいる男はトラックに追突された男なのか、それとも矢に貫かれた貴族の男か。しかしその迷いも一瞬であり、神()と出会って新たな生を受けた名を掲げることにした。
「リッチ=ロードだ。よろしく」
流石に[不死王]は恥ずかしくてこの時は言い出せなかった。




