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42.悪夢から覚めた夜

「おい、聞いてるのか?おい!」



 小鳥とねずみ、それぞれアミルとティアラ2人の手に乗るも首を傾げるだけで別れの挨拶を最後に一向に話す気配はない。


「……本当に行ってしまったようだな」


「そうだな」


「…お手」


「おい!」


 ねずみは前足を、小鳥は片足をそれぞれティアラの手の平に置く。その足を愛おしげに撫でてはいたが、どこか寂しそうな目をしていることに気付き、何も言わずそっとアミルは彼女の頭を優しく撫でる。


「皮肉なものだな。エルフの里を出て初めて出来た友だと言うのに、奴の名を知ることがなければ助命された恩も返せなかったとは」


「助命って、あの洞窟での出来事か?恩なら返せたと思うぞ」


「何を根拠に言っているんだ」


「宿であいつと俺が話してるの聞いてたんだろ?あいつは冒険者になりたかったってずっと言ってたよ。それでも1日目の野営をしただけで十分満足したらしいけどな」


 ふふ、と苦笑するアミルを横目で見て表情が和らぐ。



 思えばあいつはそういう奴だった。何を考えているか分からず、強大な力を持っていて尚多くを求めなかった。それに私が今何か言ったところで結果が変わるわけではない。


 それにいつかエルフの里へ来ると約束した。それまでに私が出来ることをしようと思う…のだが。


「それでアミル…その、本当にエルフの里へ行くのか?まだ戻って仲間たちと王国に仕える道もあるんだぞ?」


「俺に何度言わせる気だ?俺はどこにも…あぁ、まどろっこしい!」


 頭をワシワシ掻いて苦虫を潰したような顔をしてはいるが顔は真っ赤に染まっており、何事かと問い正したくなる。


「俺と…俺はお前を置いてどこにも行かない。これからもずっと。だから……これからも俺と一緒にいてくれないか」


 一瞬何を言われたか分からなかったが何度も彼の言葉を反芻し、全身真っ赤になるほど理解するとしゃがみ込んでしまう。予想外の反応に困惑するアミルに、名実共に新たなご主人様となったティアラの周囲をオドオドするゴリアテにゴライアスと、現場が落ち着きを見せたのは彼女の[友]が眠りに就いてから数刻ばかり経ってからであった。









「すまなかった」


「いや、いいんだ」


 初期に比べればかなり落ち着いたが、頬はまだ赤みがかったままであった。アミルは彼女の手を引き、道外れの岩に腰かけた。


「ふぅ、ありがとう落ち着いたよ。それでアミルは本当にエルフの里に共に来てくれるんだな?」


「あのさ。エルフの里ってそこまで覚悟がいる場所なのか?決心が揺らぎそうなんだけど」


「す、すまない。しかし大事なことなんだ」




[エルフの里]



 その名の通りエルフと呼ばれる亜人の故郷であり、大地と森によって原初より守られ育まれてきた一族。その正確な位置は確認されておらず、白い樹林が現世と里を繋ぐと言われている。そのためか空間が隔絶されており、時間の流れが現世より遥かにゆっくり流れるため、ただでさえ長寿のエルフが歴史の生き証人となることはよくある出来事である。



 逆に言えば一度里に入ってしまえば、現世で親しかった人間とは今生の別れとなってしまうことにもなる。




 彼女は沈痛な面持ちで故郷について語ってくれた。アミルが親しくなったであろう、友人知人との決別を彼女のためにさせたくはない。それを聞いてなお彼の表情は変わらず、むしろ一層穏やかな表情で彼女の髪を梳く。



「何度言わせる気だい?」



 その一言は彼女の苦痛を和らげるには十分であった。愚問であったかと、涙を薄っすら浮かべながらもそれ以上流れ落ちないよう、夜空を見上げて気持ちを誤魔化そうとする。


 見て見ぬふりをしつつ、アミルも同じように天を仰ぐが1つ疑問が脳裏に浮かぶ。以前、人との繋がりをなるべく作らないようにしていると聞いたことはあったが、何故彼女が里を飛び出したのか。その理由はとうとう一度も聞くことがなかった。


「…飛び出した理由?」


 時効だと思い、彼女に尋ねるもその表情は曇っている。里を出たならばそれなりの理由があるはず。そのような身で彼女は、しかも人間であるアミルまで連れて戻ることに問題はないのか。




 少しすると彼女は重たそうに口を開く。


「アミルは私が動物に嫌われているのを知っているだろう?」


 自然と共にあるエルフ。中にはイノシシやシカを使役して戦う者までいるほど、彼らは無条件に受け入れられる。だというのに彼女の周りをまるで避けるようにして、動物は悉く逃げる。初めて受けたクエストで逃げた馬を連れ帰る際、何故か彼女だけは最後まで乗せてもらえず、その後も動物関連クエストやプライベートでの接触に失敗し続けた結果、メンバー内でもネタ兼タブーとして根付いた。

 結局何故避けられるのか、理由は分からずじまい。


「外でもこのような有様なのだぞ?里で皆が動物と戯れ、私だけが避けられた時の周りの憐れみを持った目が毎日突き刺さるんだ。耐えろと言う方がどうかしている!」


 いままでにない剣幕でアミルに詰め寄るが、里を飛び出すまでにショックだったのかと考えると、アミルも里のエルフと同じ目をして彼女を見ていたのではないかと少し不安になる。



「しかし今ならば胸を張って帰れる!なんせ我が友より授けられた聖獣が2体もいるんだ!!」


 そう言って高々とゴリアテとゴライアスを掲げる。もしかして懐いてくれる動物を探すためだけに里を出たのか、と喉まで出かかったが夢見る子供のような目をされては首を絞めてその声を押し殺すほかなかった。



「それにお前もいるしな」



 あまりにも突然の不意打ちに、どこにも行かないと言い出した張本人が赤面する。その反応を見てにへらと表情を崩すが、再び夜空を見上げる。


「なぁアミル」


「なんだ?」


「私たちに出来ることは何だと思う?」




 …自分たちに出来ること。


 自分が出来ること。



 本来死んで成仏するはずが特例で異世界に転生することが許された選ばれた者、少なくとも太陽神と出会ってからはそう考えていた。噂のチートを授かり、何者にも負けない剣技を持っていざ世界を救おうと考えてみれば、どうだ。

 混沌とした世界で今日明日を生き残れるかも分からないような極限の環境、魔物だけでなく人間同士が互いの背にナイフを突き立てるような日常。


 ゲームとは違う。自らが前世で嫌った母国の在り方を悪化させたような世界観でどう世界を導けと言うのか。生まれ親と村を盗賊に奪われ、仇を討ったのが7歳の頃。チートのおかげで食うに困らず、冒険者ギルドに加入してすぐにボルトスと双子に出会い、そしてティアラに出会った。




 本来の使命を投げ捨てた自分に一体何ができるものなのか。考えれば考えるほど憂鬱になり始めた時に、雰囲気を察した心優しいエルフが慌てて答え合わせを申し出る。


「そ、そんな難しい話をしているつもりはないんだ!ただ、あいつとの約束のことを考えたら少し手を貸す必要がある気がしてな」


「約束って、エルフの里に会いに来るって話か?」


「あぁ。初対面で会えば戦闘は避けられんような見た目をしているからな。少しでも奴の評価を上げて[戻って]来た時に備えてやろうと思うんだ」



 酷い言われようだがアンデッドならば仕方がない…よな?

 確かに奴の行いそのものは許容できるものではないが、実際この世界を生きるには力がいる。少なくとも同じ転生者にも関わらずチートもないまま必死に生き、奴なりに得た力で再びこの世界を生きるだけの覚悟がある……それに悪役を演じるような狂人でもなかった。


「この貸しはでかいな」


「貸し?」


「いや、何でもない。それで備えってのは何をするんだ?」


「ふふん。聞いて驚くなよ?…私は伝承を残そうと思うのだ!」


 エヘン、と相変わらずの胸を前に出すが、急すぎて言葉が頭に入ってこない。難しいことは言っていないはずなのだが、何故だろう。彼女が胸を張る度に発生するこの現象は長い付き合いでも慣れない。


「…伝承」


「そうだ。あいつの過去は私も聞いた。それに今回の青い鳥と、夢のねずみだったか?そちらの活躍も合わせれば素晴らしいものが出来るはずだ。アミルは絵が得意だったろう?絵本にして子供に聞かせるのもいいと思うのだ!」


 その後もグッズ開発だの、挙句の果てに観光名所にカンジュラを押そうと話が壮大になってきたが、最近子供のように彼女がはしゃぐようになったのだと思えば嬉しくもある。いままでも何度か歩み寄ったことがあるが、それでも近すぎると赤の他人のように自ら距離を置いていた。あのふざけた転生者と出会えたのは、結果的によかったのかもしれない。



 アミルの心中に構わず、会社を建てる勢いで話す彼女を宥め、ひとまずエルフの里に落ち着いてから考えよう。そう伝えると熱くなっていた自分に恥じるように頬を染めるが、それも彼女の魅力なのだろう。





 どのような伝承を残し、アイツがそれを知ってどのように驚くか、談笑しながら微笑ましく彼女の手を握ると、颯爽と暗い道を歩き出す。





 ーー待ってろよ。戻ってきた時に絶対驚かしてやっからな!

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