04.発見
「なんでこんなに平気なんかね」
戦場から脱走しようと計画した哀れな転生者の最期は、首を矢で射抜かれたことで幕を下ろした。しかし2度目の終焉かと思ったのも束の間、アンデッド、つまり魔物化して復活を遂げることに成功してしまった。
転生というだけでも常軌を逸しているのに何がどうなっているのか全く整理できていない状況ではあったが、ひとまず魔物になった事実だけは冷静に受け止めることができていた自身に驚きながらもゆっくり周囲を見回してみる。
答えのない疑問が矢継ぎ早にあるかもわからない脳内に流れ込むが、一番気になっていたことがあった。
「何で俺だけ意識を保ってるんだ?」
もしかしたらと思い、片っ端から会話を試みてみるも無言で返されるだけ。最初こそめげずに声をかけ続けたが、流石に2桁を越えると言い様のない不安とイラつきへと変わり、思わずすり切れた皮鎧を着たアンデッドを柄にもなくド突いてしまう。
それでも抵抗をすることもなく、軽くよろめいていたがアンデッドはまるで何事もなかったかのように再びフラフラと歩き出す。敵対はしないことは理解できたが、そもそもそういった意思を持っているのか甚だ疑問であった。反対に自身は転生前後の記憶と意識をはっきりと保っており、おまけに習得した魔法まで使えている。身体もやっと普段通りに、むしろアンデッド化して余分な脂肪がそぎ落とされた分、生前以上に身軽に動かせるようになっている。
「ここにいてもやることないし、少し砦の外へ行ってみるか」
一通り準備体操の真似事をし、身体が問題なく動くことを確認すると砦を囲っていた防壁に設置された門をくぐる。この砦の周辺には草原が辺り一面を覆っていたはずであったが、草は一本も生えておらず、代わりに古びた剣や矢が突き刺さり、砦内と同様に兵の格好をしたアンデッドが縦横無尽に闊歩していた。
落ち窪んだその眼窩は砦内のものと同じ、ただただ虚空を見つめている。
「……どうしよ」
魔物にクラスチェンジしたとはいえ、砦の外が危険であることは十分理解しているつもりであった。生前に魔術師としてこの砦に派遣された時も、盗賊やら魔物やらに頻繁に襲われて何度死を覚悟したか数えきれない。
なによりも今不用意に進めば、確実にアンデッドライフに終わりを告げることを意味していた。その際は3度目の正直として転生や復活なしにあの世へ行けるのかと、現実逃避をしながら空を見つめる。
……それから丸一日、低い唸り声をあげながら多くのアンデッドに周囲を徘徊されつつ瓦礫に腰を下ろして熟考した。しかしいくら考えど彼らに集中力を掻き乱され、次のアンデッドが遠くへ行ったかと思えばまた別のアンデッドが交代と言わんばかりに近くを徘徊し始める。
「死んだ魚の水族館ってこんな感じなんかな」
思わず頬杖をつきながらそんな一言がでる。小学生が見れば確実に泣く光景だろうとぼんやりと考えていたが、眼球がない自分が何故見えるのかという謎は考えないようにした。今はそれどころではない。
「あーーーー!お前らうっとうしいからあっちで固まってろ!!」
話も通じないことは百も承知だがそれでも怒鳴らずにはいられない。深いため息を吐きながら地面を見るが、同時に笑いがこみ上げてきた。死してなお、何故これほどまでに頭を抱えこむ羽目になっているのか。何度目か分からない溜息を吐きながら空を仰ぐも、結局1つも解決策が浮かび上がってくることはない。相変わらず怪しげな雰囲気の雲が空を覆っており、生き物は1匹も見当たらず、見るものといえば廃墟と無残なアンデッドの同胞ばか…り……?
その時、突然静寂が周囲を満たしていることに気付く。先程までアンデッドの死の合唱で盛り上がっていたはずが何故、瓦礫から立ち上がり見回すとアンデッドの同胞は1カ所に固まって微動だにせず佇んでいる光景が広がっていた。
「あそこって…確か俺が向こう行けって怒鳴った時に指さした…」
相変わらずうーうー唸ってはいるが、しばらく時間が経とうともその場から動こうとしない。久しく忘れていた好奇心が目覚め、雷の如く閃いた発想をもとに笑顔で彼らの傍へと近寄っていく。
「あーおほん、お前ら静かにしろ」
「「「うーうー、うーう」」」……ピタッ。
命令を唱えた瞬間、全てのアンデッドは口を閉じて何も言わなくなった。発想はやがて確信へと変わっていき、試しに砦の中へ戻るように命じると素直に向かっていく。ゾロゾロと歩く彼らの後方について行くと彼らは押し合いをするでもなく、吸い込まれるように砦の中へと入っていく。
最後の一団が入っていくのを確認すると次は外へ整列するよう号令を出してみようかと思うも、口をつぐんで頭の中で念じる方法へと変更する。呪文を発動させる際、詠唱する者もいれば無言で行使する者もおり、詠唱することとしないことでは効果が違うというのが学説が存在している。どちらが正しく、どちらが間違っているかかはいまだに論争が続いているがいずれにしても発動が出来ているというのが事実である。
『中央に集合せよ』
雑念を振り払い、防壁内中央に集まるよう念じるとゆっくりと、しかし最終的には全てのアンデッドが中央に密集しその場で佇んでいた。
回れ右と言えば緩慢に右へと回り、しゃがめといえば老人のように地面に座り込む。命令は確実にこなし、不平不満も一切唱えてこない。
「…どうしよ、軍隊手に入れちゃったよ」