38.別れは突然に
しばしの沈黙の後、街に地鳴りが起きる程の歓声が上がった。
涙を流す者もいれば街を旋回するゴリアテに手を振る者、王座の間ではゴライアスに敬礼する兵士まで、街はいままでにない歓喜と幸せに満ち溢れた。
冒険者一行は倒れないように互いに支え合うと、ようやくと言った風に安堵の溜息を吐く。
とりあえず一件落着した、かのように思われた。
その夜、[幸運の青い鳥]と[夢を撒きしねずみ]の降臨を記念して街中がお祭り騒ぎとなり、フェリペ達も本日を[降臨日]として正式に国の記念日に制定してしまった。奇しくも彼の王としての最初の仕事となったわけだが、その守護神たる使者の面々も逃げることが叶わず、神輿のように担がれて街中を連れ回されていた。中には「お前が!!?」という同業者が驚きの顔でサイレントウォーカーを見送っていたり、いつかやると思っていたと酒樽を抱えながら笑い飛ばす輩もいた。
彼らと青い鳥の功績はどこへ行っても讃えられ、あらゆる魔物も寄せ付けない程の狂気的な盛り上がりは月が沈む時間になっても止むことはなかった。
[城塞都市カンジュラ]が静寂に包まれたのは2日ぶっ続けで騒ぎ通し、二日酔いと疲労によって死体の如く誰一人としてピクリとも動かなくなった頃であった。
熱もようやく冷め、都市機能が正常に戻った頃に一行は王座の間に呼ばれていた。そこへ向かう途中、兵士が全員敬礼をしてくるためとても落ち着かなかったとティアラが溜息を吐く。笑いながら彼女の思いを共有しているとあっという間に目的の場所へと辿り着くが、彼らが着くと即座に敬礼した兵士が扉を開く。
部屋の奥には祭りの疲れが多少残っていそうであったが、それでも王や王妃として威厳に満ちた姿勢で街の英雄を迎え入れる。
「皆様、先日は大変お疲れ様でした」
「いえ、冒険者ギルドにいる者として、国のためにも当然のことをしたまでです」
「それでも今回の件は皆様がいなければ実現できませんでしたわよ?」
クスクスと王妃は笑うが、ある意味で言えば確かに俺がティアラ一行と[青い鳥]が巡り合うことがなければセシルはあの時点で捕えられ、今頃魔族であるウラドに国を乗っ取られていたかもしれない。そう考えるとなかなか運命的な出会いを果たしたのだと感慨深くなるが、セシルは構わず言葉を続ける。
「ところで本日はどういったご用件でお呼びされたのでしょうか?」
「まぁ、申し訳ありませんわ。本日は皆さまに私たちの直属で仕えて頂こうと思いましてお声掛けさせて頂きましたの」
「…はい?」
「ですから私たち王族直属の」
「いや、言ってることは分かりますが私たちは一介の冒険者にすぎないわけで」
「冒険者もこの世界に必要な存在です、一介なんて言葉では言い表せませんわ。それに貴方たちは我がカンジュラの守護神に見入られた者たちです。これでもまだ足りない程ですわ。フェリペなんて王座をアミル様に譲ろうかと真剣に考えておりましたし」
当の本人はえへへへ、と頭を掻いているがアミルが必死に首を振って遠慮している。
「いますぐに、とは申しません。皆様も考えるところがあると思いますので」
そう言うとその場は解散となった。なお、ゴリアテだけはガッチリと王妃たちに捕まってしまい、これからの国の方針について熱く語られてしまう。予想外に真剣な内容に中の男は思わず舌を巻き、前世では政治や世論に全く興味がなかった挙句マイナンバーも職場で言われて初めて知ったレベルの者からすれば彼女たちの会話内容は拷問に近いものであった。
「で、どうするよ?」
何度この話の振り方を聞いただろうか、一行はセシルから依頼を受けた宿屋の一室で話し合うことにした。
「王族直轄とかマジすごいじゃん!むしろ断る理由ないでしょ!?」
「…私も反対…しない」
「俺も異議はねぇが…お前らはどうすんだ?」
アミルとティアラはいまだ悩んでいた。アミルは恐らく転生者であることで多少の負い目を感じていることもあるが、ティアラ次第ということもあるのだろう。ティアラはしばらく押し黙っていたが、やがてその重い口を開く。
「私は断ろうと思う」
「なんでよ!!」
ミネアが掴みかかる勢いでティアラに詰め寄る。冒険者などその日暮らし、それに比べれば王族直属となれば生涯安定した生活を送れる上に、彼らは選ばれるだけの実力と行動を示した。
「私は大地や風を肌で受け止められる冒険者家業の方が向いているというだけだ。王妃には悪いが私の身の丈に合わんよ」
「大地や風なんて土コロをポケットに突っ込んで、ミフネのエアハンマーでも喰らってればいいでしょ!?一緒に仕事しようよ~」
「エアハンマーはやらない…けど微風なら…」
それはどうなんだ、と引き攣った笑顔をティアラは見せるが少なくとも彼女の意思を変えることはできないのだろう。しばらく彼女を観察していたボルトスはゆっくり目を閉じると、アミルに視線を移した。
「アミルはどうすんだ?」
全員の視線がアミルに移る。双子からすればリーダー権限でティアラを引っ張り込んでくれると、彼が提案を受けると言えば彼女はついて行くと期待したのだろう。
しかし彼はその期待を裏切ることになる。
「俺はティアラについて行くよ。サイレントウォーカーは今日で解散だ」
全員が息を飲む。
いままで苦楽を共にした仲間たちが解散。ボルトスとミフネは俯き、ミネアは何かを言おうと口を開きかけるがティアラに遮られる。
「アミルまで私に付き合わなくていい!私はいままで通り勝手に生きていく!」
「だから心配なんだよ。ティアラは自分で思っている以上に危なっかしいって自覚した方がいいよ。それに…俺はどこにも行かないって言ったろ?」
言い返そうとするが口をつぐみ、彼女も俯く。言葉は出なかったが、代わりに嗚咽と滴が床に落ちる。
「……行きなよ」
「…えっ?」
しばしの重い沈黙の後、涙を拭いながらティアラはゆっくりとミネアを見る。しかしミネアは帽子を深くかぶってしまい、その表情を読み取ることは出来ない。
「行きなよ!私は、私たちは2人に幸せになってほしいの!!だから好きなように生きなよ!」
後半は涙声になっていたが、ミフネがその言葉に続く。
「…私たちはずっとここにいるから…また会いに来て……ね?」
「……ま、そういうこったな。解散なんて水臭えこと言うなぃ!それに俺たちサイレントウォーカーの名は不滅だぜ!!」
そう言って手を中央に差し出すとそれに呼応して次々と手は重ねられていき、最後にゴライアスが手の上に乗ることで全員の絆を今一度確かめ合ったのであった。




