32.アンブッシュ
馬車と別れて数刻、足止め役の3名は茂みに隠れていた。
「この場所でいいのか?」
<もうすぐこの地点を通過する>
作戦はアンデッド殲滅戦同様、先頭をギリギリまで引きつけて双子の風と火の合併魔法を使用。可能な限り姿を見せずに双子を主戦力に数を削っていき、近付く敵はアミルが切り伏せていく。
お粗末な作戦ではあるが、残る2人がいても内容は変わらないのだろう。
戦況確認のため、ゴリアテとゴライアスは両方足止め組に入ることになった。むしろセシルに「英雄に仕えてこそですわ!」と言われたため、快くその提案に乗せて頂いた。
「ゴライアス、回復と防護魔法が使えるんだったよな?効果としてはどんなもんなんだ」
<回復は切り傷や打ち身程度、防護は鉄の板程度だな>
「他には何かできないの?エルフ一族秘伝の使い魔なんでしょ?」
ミネアが不安そうにこちらを見る。忘れかけた設定に脳が一瞬固まるが、何事もないように驚くべき事実を告げる。
<実はさっきから麻痺毒を行軍の上から撒いてる>
「「「は?」」」
冗談で搭載した麻痺毒機能がまさかこのような形で役に立つとは思わなかったが、ゴリアテの内部に例の猛毒花を仕込んだ後に体内で同様に復活させ、口を開けば垂れ流すような仕組みにしていた。
従来の猛毒を流せれば上等であっだが、復活させた後に性質が変異したためにどう足掻いても麻痺毒にしかならなかった。今後の研究で開発していきたい所存。
「…劇薬持ってんなら教えろよ、危ないな」
「…会った時…言ってた…よ?」
「そういえば言ってたわね」
まさかのサプライズ機能のおかげで先程までの緊張が多少は和らいだように見えたが、再び戦う者の目に戻ると再び緊張感が迸る。
「それで効果はどうなの?出てるの?」
<見える範囲では通常時より身体を動かすのが億劫なくらいだろうな。本来ならば身体の自由を奪うものなんだが、広範囲にばら撒いているせいで効果が薄れているみたい>
「いや、何もないよりはマシだ。引き続きお願いできるか?」
<了解>
何事もなく引き受けてしまったが、この行軍はアンデッドで構成されたデスマーチのおおよそ2倍の規模がある。あの時点での双子の一撃で半分削られたことを考えれば、この大軍相手で発揮される効果は1/4。加えて彼女たちの魔力も無限ではない。2発3発と立て続けに発動できるものではないうえ、率いている魔族の能力も未知数。
アミルにチートスキルが付与されていることは聞いていたが、このままいけば勝算はない。
アミルたちと別れてまだそれ程時間は経っていない。彼は年齢に相応しくないほどの実力を持っているし、彼のことは誰よりも私は信頼しているつもりだ。
…それでも……
「おい、そんな辛気臭え顔してんじゃねぇよ。あいつらがあんなとこで死ぬような玉じゃないだろ」
そんな顔をしているつもりはなかったんだがな。言葉は出せなかったが、それでも笑顔を無理矢理作ってボルトスに視線を向ける。
「…はぁ。これ後でアミルに絶対叱られんな」
叱られるような顔でもしていただろうか。常にプロ意識を持てと冒険者仲間には言い続けていたのに、これでは冒険者として失格かもな。
「行ってこいよ」
「……」
「いいから行って来いって。王女様たちのナイトは俺1人で十分だよ」
「…そういうわけにもいかないだろ」
今回の依頼は[王女と王子の護衛]。足止めがうまくいっている間に一刻も早く2人を送り届け、魔物の軍勢を排除できるよう兵を動かせる手配をしてもらわねばならない。私情を仕事に挟むわけにはいかない。
「…兵を素直に派遣できるとも思えません。それに宰相の妨害の可能性も考えなければなりません」
「それに今は僕らの護衛よりも魔物の討伐が優先ではないでしょうか。奴らが押し寄せてからでは意味もなくなってしまいます」
…ふふ。
王族にまで気を遣わせてしまったか。
「な?依頼人もこう言ってんだ。足止めなんか細けぇこと言ってねぇでとっととぶっ潰して馬車まで戻って来いってんだ」
「…ありがとう」
初めから答えは出ていた。
礼を言い終わる前にすでにこの身は馬車を飛び降り、彼らと別れた地点へ向け走り出していた。
その後ろ姿を見送りながらセシルは手を胸の前で合わせ、彼女と足止めを引き受けた勇敢な冒険者たちに祈りを捧げる。
「幸運の青い鳥様、そして夢を撒きしねずみ様のご加護がありますように」
その声を聞いたボルトスはニヤニヤしながら、馬車の手綱を握っていた。
彼女が熱心に祈る獣がティアラの使い魔だと知ったらセシルたちはどんな顔をするだろうか、その事実がバレたら自分たちがどんな目に合うだろうか。いずれにせよ、1人でその責任を負わされるのは真っ平であった。
「お前ら、無事に戻ってこいよ」
魔物が茂みにどんどん近づいてくる。
はっきり視認する頃には武器を持って進軍している魔物どもが恐ろしく感じていたが、麻痺毒の効果なのか、全体的に気怠そうに歩いている印象を受けた。
「やれる」
そう自分と双子に言い聞かせる。
主砲はミフネとミネア、アミルは近づく敵を薙ぎ払うだけ。よく使う戦法の1つではあるが今回はいつも傍で戦ってくれるた2人の代わりに世にも奇妙な転生者2匹を従えている。そう考えると思わず笑みが零れてしまうが、それでも気を持ち直して剣を強く握る。
魔物たちは眼前まで迫っている。
タイミングを冷静に図り、そして
「今だ!」
先頭にいたコボルトたちは先程から感じる身体の節々の痛みに愚痴を言い合っていた頃、突然茂みから熱気が襲い掛かり、彼らは痛みを知ることもなく意識を刈り取られた。




