03.アンインストールが中断されました
「…思ったより驚かないな」
自分で言うのも何だけどもっと驚くべきだと思うんだよ。死んだと思ってたら矢が刺さったまま生きてるし、いつもの自分の手が急に萎れてるし。
しかし前世で現場の機械に指を巻き込まれて小指が千切れたことがあったけど、貧血で倒れたことはあっても対してショックを受けてなかったな。他の人は怪我よりも俺のメンタルを心配してたし、それだけの事故だったんだけどな。「労災入っててよかった」って思う程度の思い出。
「って馬鹿野郎!思い出に浸ってる場合じゃない」
手がミイラ化している現状はともかく、敵が砦を攻めてきてるはずだ。悠長に自分観察をしている場合ではない。周囲を素早く見回し、飲料水を溜めていた大きなツボの後ろへ速攻で隠れる。窓の外はもう2度と覗かないことを堅く決意し、植物のように身動きせずに階下や外の気配を探ってみる。
…しかしあたりは静まり返っており、シーンという擬音がつきそうなほど静寂に包まれている。
反射的に窓を覗こうとした自身を無理矢理抑制し、足音を立てないように細心の注意を払いながらソロソロと階段を下りていく。念の為防護魔法もかけてみたが、問題なく発動できたので少しだけほっとしたが魔法とは対照的に思ったように足どころか身体全体が思うように動かず、勢いよく階段を転げ落ちてしまう。
ソロソロの意味は何だったのか、そもそも何故こんなに身体を重いのか?…もしかして死後硬直か?くだらないことが脳裏によぎっている間にも盛大に音を立てながら途中で無様に静止し、転げ落ちて死んだふりをすべくしばらくその体制を維持していた。
それからどれほどの時間が経っただろうか、砦内はおろか外からも階段へ向かってくる気配も騒ぎも聞こえてこない。まさかミイラ化した影響で感覚がおかしくなっているのかという不安が生まれた。現に階段を落ちた際の痛みも感じず、転げ落ちた反動で傍から見ても死んだような恰好になっているがその状態でいても全く疲れを感じない。
しかし階段を転げ落ちる音は確かに聞こえてきたことに首を傾げながら考えつつ、このままでは埒が明かないとゆっくり態勢を整えなおし再び階段を下りて行く。先程盛大に音を出しても誰かが駆けつけてくるような音は聞こえなかった。つまり誰もいないのだろうと楽観的に判断したが、それでも転がって降りるのも嫌なので一段ずつ慎重に降りて行くことにした。
その間、それとなく矢が刺さっていた自分の首に手をやるが一瞬で離した。今触れた感覚、首も手と同じことになってる。首も、となると考えたくもないが恐らく顔含め全身同じ状態になっているはずだ。
「…鏡あったら卒倒するかもな」
見えない自分の姿を想像しながら苦笑していたが、やがて敵が駆けつけることもなく無事に2階へと辿り着く。かつて2階は食堂として利用されており、砦に派遣された当初は震える身体を抑えるために無心で食べ物を胃袋に放り込んでいたこと時期もあった。
しかし今やその思い出に浸れるような状態は残されておらず、兵士が座っていた椅子や長テーブルは部屋中に散乱していた。そして床には見覚えのある渇いた水たまりが形成され、その上を飾る様にいくつもの死体が折り重なるように倒れていた。装備を見る限り敵の物や味方の物もあり、最期の最期まで文字通り抵抗していたことが窺えた。
感傷に浸る暇もなく、敵兵に侵入された1階へと真っ直ぐ降りて行くと予想通り食堂よりも悲惨なことになっていた。
敵も味方も、誰が誰なのかも判断できないほどの死体で部屋は充満しており、もはや床すら見ることができないほどであった。。
「……こんな所、すり抜けるなんて無謀だったな」
死ぬ直後に思い立った無計画な脱出プランを思う起こしながらも、申し訳ないと念じながら遺体を踏んで外を目指してみる。
案の状、地獄絵図。
砦の中が可愛く見えるほどの壮絶な戦いの爪痕が残されており、その結末をあざ笑うかのように空は薄気味悪い雲で覆われていた。様子から察するに砦に配備された我が陣営は皆殺し、敵は仲間を回収することも墓を作ることもせずにそのまま移動したようだった
ダダダダダダダダダダダダッ!
突然の音に思わず飛び上がる。
先程自らが階段から転げ落ちた時と同様の音が背後の砦内から聞こえてきた。恐怖のあまり振り返ることすらできないが、その後も問答無用で似たような音が立て続けに、それも大きな塊が複数転げ落ちるような音が戦場跡に響き渡る。
その場を動けず、しかし勇気を振り絞ってぎこちなく砦の入口へと視線を移す。ミイラ化した後遺症で幻聴がきっと聞こえたのだいうことを祈り、しばらく様子を窺っていると砦の中を何かが蠢いているのが見えた。
まさか…
そのまさかだった。
「「ウヴ……ヴァ…」」
先程2階で見た折り重なった遺体、そして砦の外へ出るのに踏んだ遺体。装備はボロボロであったが目を失った落ち窪んだ眼窩はしっかりとこちらに据えられ、ゆっくりと覚束ない足取りで近付いてくる。
「ま、待ってくれ!確かに出る時踏んだのは悪いと思ってる!でも仕方がなかったんだ!あ、それとも3階で隠れて戦わなかったのを怒ってるとか?過去のことは水に流して…」
必至に言い訳を述べるが目の前の…アンデッドたちは決して歩みを止めない。それどころか背後からも甲冑が擦れる音や何かが起き上がる音まで聞こえてくる始末。
やばい、詰んだ。
目の前には砦から出てきたアンデッド、後ろには地獄絵図より復活を果たした恐らくアンデッド化してるであろう存在。完璧に囲まれており、戦う術はもっていない。
「またかよーーーーーー!!」
思わず目を強く瞑り、腕で顔を覆う。
…しかしいつまで待っても襲われる気配はない。疑問に思いながらもゆっくりと腕をどかしてみる。
アンデッド達は彼を避けて歩いていた。
目的がないのか、当てもなく延々と砦の敷地を彷徨い始めていた。まさか動かない相手を襲わないのかとゆっくり腕を動かすが反応なし、音に反応するのかと声をあげてみるが反応なし。その後もゆすったりさすったり、思い切って肩を組んでみたりと危機感を一切捨てた悪乗りまで始めてみるも一向に行動を起こす気配がなかった。
当初頭の中にあった結論を振り払うように様々なちょっかいを必死にアンデッドたちに繰り出すが、いつまでも無視され続けている現状に認めざるをえなくなった。
「…なるべく考えないようにしてたんだけどな」
もはや間違いはないだろう。
先程咄嗟に首から手を放したが、再び首に刺さった矢に触れつつ徐々に自分の顔へと手を移していく。唇が感じられず、鼻はあれけど首と同じような感触であり、そして最後に不自然に空いた二つの穴に両手の指を入れてみる。
そこには本来[眼球]があるはずであった。
…そうか
俺は
[アンデッド]
と化した
の
か…
………
「本当やってらんねぇよ」