25.天より舞い降りし遣い
数日前の国王昇天から国家転覆まで話が目まぐるしく進み、すでに[人間]同士で和気あいあいと話が急速に進みつつある。しかし新たに加わった小さな仲間は冒険者としての経験なきことから会話に加われず、セシルとティアラに揉まれるだけの存在と成り下がっていた。鬱憤が溜まるもどかしい時間が過ぎていくなか、ボルトスが細かいことに気にするなと言わんばかりに護衛の依頼を受けることを推奨している。
「とにかく隣国まで姫さんを送ってきゃいいんだろ?」
「でも追われてるってことはお忍びで行かなきゃ、でしょ?」
「そこは心配ありません。底なしの森を通る予定ですので」
「「そこを通る!?」」
ミネアとボルトスの驚きっぷりを理解できず、ゴライアスの鼻先でティアラをつつくことで現状の説明を求める。彼を撫ででいたティアラはそのことに気付くと、口を近づけて[底なしの森]について情報を共有する。そこはゴブリンやオーガが頻繁に移動を繰り返している森であり、いくら倒そうと再び別の集団と出会ってしまうことからそのような物々しい名前が付いた。自身がいた洞窟周辺の森は何て呼ばれてたんだろうかと思いつつ、少なくとも底なしの森を通る物好きは自殺志願者以外の何者でもないという事実はティアラの真剣さを帯びた説明から否応なく伝わった。
その道をセシルは追手を撒くためにも通るしかないと言い張っているのだ、護衛を任された身としても気が気ではない。
「ここならば追われる心配もありません。さらに王子を引き連れて同じ道を戻る必要があります」
「…ところで王子様とお姫様は戦闘の経験や知識はありますか?」
「ありません。そもそも一度もこの城塞を出たことがありませんわ。王子とは一度もお会いしたことありませんので実力の程は存じ上げません」
「え、会ったことないって…王子様はこの国に来ることは承知済みなんですか?」
「父が死んだことも知らないでしょうね」
「……王子は自分の国…継がないの?」
「次男ですし、問題ないはずです」
王子を回収する任務そのものが行き当たりばったり、さらに行きも帰りもお荷物付きで命がけのルートを通らされる。普段楽観主義を通しているミネアとボルトスまで首をもたげており、メンバー全員が依頼を引き受けるかを躊躇っている様を見たセシルは眉を吊り上げる。[青い鳥]が選んだであろう使者が何故決断出来ていないのか、疑問に思っているようであった。そして反対に残る3人もまた彼女への疑惑が消えない。国家を揺るがすような依頼を何故根なし草の冒険者を雇用するのか、それだけ切羽詰まっているということなのか。その疑問をそれとなく問いかけるとセシルは抱き寄せたゴリアテを頭上高らかに持ち上げ、自信に満ちた顔で答えた。
「それは貴方たちがこの[幸運の青い鳥」の使者だからです!」
「「「「「えっ!?」」」」」
全員が呆然とゴリアテを見つめ、そして視線がセシルへと集まるが彼女は構わず言葉を続ける。
「亡き母は私が子供の頃、よく聞かせてくださいました。全てを失った村娘が青い鳥に導かれ、やがて王子と巡り合って結婚し、平和な国を築いたのだと…その国がここ、カルジュラ国なのです」
「「「「「嘘!?」」」」」
「旗印が青く、鳥が交差された剣の上に佇んでいますわよね?幸運の青い鳥は力をも凌ぐ、という意味が込められているのだそうです」
「そういえば…」
命掛けであることが日常のこの世界、国の成り立ちに興味が向けられることがないために知らされた驚愕の事実。加えて戦争によって国が合併、あるいは滅んでいくことで国旗や歴史を覚えようとする者はまずいない。なかでもカンジュラの異質な成り立ちに絶句するほかなく、易々と[青い鳥]を信じたセシルに不安を抱かざるを得ない。
彼女はカンジュラから出たことがないと言っていた、そしてあっさりと見ず知らずの冒険者に身分まで晒してしまった。一見すれば間抜けな依頼主ではあったがそれでも彼女は国のためにと決起し、必死に追手から泣きもせず走り続けたその根性は賞賛に値した。そしてティアラぶりにその純粋さに心惹かれた[男]は、すでに心に思い描いている情景があった。
「小鳥さん。本当に彼らは我が国の未来を明るく照らして頂けるのでしょうか」
そして彼は今この国の象徴[幸運の青い鳥]である……
「小鳥さん?」
<案ずるな我が愛し子よ>
「え、こ、小鳥さんはお話しできるんですか?」
<幸運の青い鳥だからな>
その言葉に、宿屋の一室が凍る。かたや喋ったという驚愕に、かたや、何喋ってんだお前!という驚愕に。その事実にはしゃぐセシルを除き、冒険者たちはエルフの機密事項をあっさりとバラしていいのかという焦燥感に追われている。弱冠1名、貴様ぁぁぁぁあ!という目で胸元のゴライアスを睨んでがいたがその表情は洞窟で捕えられていた際に向けられたもの。見当違いの思い出に浸りつつ、セシルの手を離れたゴリアテは宙を浮かぶように飛びながら彼女に視線を向ける。
<愛し子よ、其方の願い確かに聞き届けた>
「ほ、本当ですか!?」
<我が厳選された忠実な僕たちがきっと叶えることだろう……しかし、まだ時間はある。敵の間者を恐れず、底なしの森を避け安全な道を進むがよい>
「わ、わかりました。貴方様のお言葉に従います」
目を輝かせるセシルに対し、全員がゴリアテを不安そうな目で見る。相変わらずティアラは瞬き1つせず睨んできているが、視界に入れないようにセシルと会話をする。小さな仲間が加わり波乱に満ちた数日の出来事、その僅か数日で国家規模の火種に巻き込まれることになった一行は諦めたように[青い鳥]の提案に乗ることになった。
少なくとも獣道を進むようなリスクを回避でき、一安心した冒険者たちは秘密会議が終わって程なくして早速旅支度の準備を始める。その際ゴリアテはセシルと、ゴライアスは双子の魔術師から翌日の出発までなるべく離れないように行動をしていた。決してティアラの無言の圧力に屈したわけではなく、迂闊に近づけば何を言われるか分かったものではないからだ。




