24.陰謀のセオリー
不自然に息を切らせたティアラと合流したアミルは1度宿屋で話し合う場を設けることにし、サイレントウォーカーの面々は広い一室を貸し切ることになる。これまでの騒ぎの間、宿屋でくつろいでいたミネアたちは事情を説明されるが今一つ理解していないながらもアミルたちについていく。
時折多くの冒険者パ-ティの打ち合わせに使用されているこの部屋は絨毯が敷かれているだけの単純な構造になっており、一同は円を描くように部屋の中央に座る。相変わらず少女はマントを目深く被っているが、一挙手一投足に優雅さが垣間見えることから少なくともただの粗野な一般市民というわけではないと予測することは出来た。再び青い鳥をお守りのように握りしめた少女は臆することなく冒険者の目を1人1人見ると深々と頭をメンバーへ下げる。
「まずは命を助けて頂いたことに改めてお礼を申し上げます。本当にありがとうございました」
「……えっと、さっき話聞いたばっかでまだよく分かってないんだけど…」
「やばい奴に追われてる、ってところだけは理解したがな」
「…私は皆さまとの縁はこちらの小鳥さんによって導かれた、いわば巡り合わせだと考えております。正体を明かすわけにはいきませんが、まずはお話を聞いていただけますでしょうか?」
それティアラの使い魔だから、と誰もが突っ込みを入れそうになったが少女の星のように煌く目を見ると喉から出かかった言葉を飲み込むしかなかった。しばしの沈黙が彼らの間で流れるも、彼女は構わず話を続ける。
「申し遅れました。私、セシル=カンジュラと申します。以後お見知りおきを」
「…セシル」
「「「「「カンジュラ!?」」」」」
「………あっ、バレてしまいましたわ」
冒険者たちが騒然としている様子、そしてカンジュラの名を持った少女セシル=カンジュラ。その名と場の雰囲気から、この世界の知識がほとんどなくともおのずと彼女の正体に見当がつく。そのセシルが城塞都市内で刺客に追われた、その事実は彼らがとんでもない事態に巻き込まれていることに否応なく気付かされる。互いに顔を見合わせ、いまだかつてない冒険と危険の予感にそれぞれが思い思いの表情を見せる。その様子を心配そうに眺めていたセシルは雰囲気を察し、その手に収まっているゴリアテを顔へと近付ける。
「小鳥さん、この方々は信用しうる人材なのでしょうか?」
その表情を一身に受け、ちらっとティアラを見ると彼女は複雑そうな表情を浮かべていた。恐らく一介の冒険者としては身に余る厄介事が待っている、そして彼女たちは最後に受けた依頼で密かに大敗を喫している。そのことを理解しているティアラは一瞬アミルに視線を投げるが、本人は不思議そうに彼女の視線を受け止める。そして意を決したようにゴライアスに向けて頷くと、ゴリアテがセシルへ頷く動作を行う。
「…分かりました。皆さまがお察しの通り、私はこの城塞都市カンジュラの姫を務めさせて頂いています。改めて助けて頂いたお礼を申し上げます」
「そ、そのお姫様が何故あのようなことに?」
皆が抱えている疑問を背負ったアミルが彼女に訊ねる。その問いに一瞬曇った表情を見せたが、ゴリアテを揉みながら気持ちを落ち着かせると真剣な表情でアミルを見据える。
「これはまだ公表されていないのですが私の父、ルードヴィヒ=カンジュラが数日前に亡くなりました」
「…ルードヴィヒ、とはカンジュラの国王のことですか!?」
「1週間前から危険な状態でしたので覚悟は出来ておりました。無用な混乱を避けるため、本来であれば世継ぎを決めた上で公表する予定だったのですが…」
そこまで話すと再び黙り込み、俯いてしまう。言葉をかけようにも一国の姫に軽々しく話しかけていいのか、そして国王と言えど彼女の実の父が亡くなったこと。迂闊な発言をしまいとアミルが黙り込み、他の一同も彼に倣って黙り込むがゴリアテだけは行動を起こした。彼女の手から軽く飛び立つと、咄嗟に顔を上げたセシルの肩へと止まる。しばらく互いに見つめ合ったが、やがてゴリアテが猫のように顔を彼女の頬に擦り付ける。
一瞬セシルは表情が固まったがやがてそれも緩み、子猫をあやすようにゆっくりとゴリアテの頭を撫でる。
「ふふふ、私を慰めてくださるのですか?……皆さまご迷惑をおかけしました、もう心配はありません」
「…心からお悔やみ申し上げます。それで、先程のお話から察するに公表できない理由があるようなのですが」
「……宰相が王の座を狙っているようなのです」
「宰相が?」
「今現在この城塞では私を含め、王位を継承できる人材がいないのです。そこで急遽隣国に父が懇意にしていたフェリペ王子を迎え入れようという話だったのですが宰相がその決定に反対のようで、子飼いの諜報部まで差し向けてくる始末です」
「しかし宰相に王位継承権はあるとは思えないのだが?」
「本来はありません。しかし非常時に王座が空いている場合、一時的にでも宰相は王座に就くことはできます。私を亡き者にし、何かしらの災いを自らが解決することで功績と謳って正規に王座につくつもりなのだと思うのです」
災厄を収めた英雄が国民に崇め称えられ、王となる。シンプルな憶測ではあるが、シンプルな方が国民には理解されやすい。彼女の言葉をゆっくりと消化し、そして必然的に彼らが課せられる任務の内容を想像することができた。
[セシル=カンジュラの隣国ゲシュタルトとカンジュラまでの往復の護衛]




