21.正義執行
ゴリアテが追われた少女を発見したと報告を受けたティアラは宿を飛び出すと屋根伝いを走り、彼女を追うようにアミルは路地を走った。その2人にカーナビのように行先を伝えるゴライアスの指示に従いつつ、右へ左へと追いかけられている少女の元へ向かう。すでにそれなりの距離を走っているはずであったが、ティアラたちの息は全く途絶えていない。
「ゴリアテの位置はわかるか」
<分かるけど、追手が大分近付いてきてる。ちょっとヤバそう>
「援護できないのか?」
<う~ん、最悪つつく位は出来るけども>
「……その子をこちらへ誘導できないか?言っとくが話しかけるなよ!?」
事前に忠告されていなければナチュラルに話しかけていた可能性に思わず黙り込むも、ゴライアスにティアラたちの案内をさせている間にゴリアテの視界に意識を集中する。少女はお忍びに着るようなマントを目深く羽織り、肩で息をしながらも忍び装束に身を包んだ3人の男たちから必死で逃げていた。彼女と追手の間を隔てている物はサイズを駆使した狭い路地と障害物のみでであり、このまま放っておけばすぐにでも捕まってしまうだろう。
理由は知らずとも追われている少女を見て見ぬふりをするわけにもいかず、少女の前でゴリアテを度々飛行させつつ彼女の進行方向で止まってみる。彼女は藁にもすがる思いだったのだろう、しっかりと小鳥を認識した彼女が意を決したようにゴリアテに向かって走り出し、そのまま飛んでいく方向へとついていく。
<掛かった!こっちに向かってくる、あと5分でぶつかる距離だよ>
「魚みたいに言うもんじゃない……それで、どこだ!?」
ティアラの言葉に、ゴライアスは右斜め前に建っている青い屋根の家を鼻先で指し示す。彼女はアミルにそちらへ向かうよう指示を出すと、さらに速度を上げながら屋根を伝って青い屋根を目指す。
はー、はー……
下賤な男共が私を追いかけてくる。アイツの追手かしら?
門を目指して走っているつもりだったのに、追手を振り切るために入り組んだ路地に飛び込むといつの間にか迷子になっていた。体力には自信があるつもりだけど、さすがに成人の男から逃げ切れるとは思えない。
怖くて振り返れない。追手の足音が段々近づいてくる。
もうダメなのか。
使命も果たせずに、こんなところで……
もう息ができない。そう思って何度も止まろうとした時、気付くと私のすぐそばを鳥が飛んでいた。時節私に合わせるように近くを飛び、行く先々で止まっては私のことを見ていた。
「綺麗…」
薄っすらと全身を包む青い羽根、一瞬私は死後の世界にいるのかと勘違いしたけれど、さらに先へ飛んで行くと曲り角に止まって再び私をジッと見ている。ついてこい、ってことかしら…罠かもしれないけれど他に当てもない、貴方に賭けます!!
「上等です!」
もはやマントは彼女の汗を吸い切り、重くのしかかっていたが彼女は顔を上げると青い鳥を追いながら最後の気力を振り絞った。
「アミル!ついて来い!!」
いきなり2階の窓から飛び出した時はびっくりしたけど、何も言わずに彼女の指示に大人しく従った。今も屋根を走る彼女と並走して走っているけど、彼女のあの目は戦う時の目だった。一体どうしたんだろうか?……それにしても彼女があの目をしている時はすごく綺麗だ。いや、普段も綺麗だし、本人は胸がないことを気にしているけど俺はむしろその方が彼女の魅力を一層引き立てるような気がして…
ふと彼女との日常を思い描き、顔が緩み切りそうになったところで彼女から青い屋根の家に向かえと言われる。いまだに現状を把握できていないが、緊張している彼女の張った声に応えるために全力で指定された場所へと向かうことにする。
少女は順調にゴリアテの後を追いかけてきてはいるが、滝のように流れる汗からそろそろ限界が近づいてきていることが分かる。そもそも少女を発見できたのも「そういえば鳥だったんだ」との思い付きからフリーフライングの映像を楽しんでる際に偶然発見したもの、ここまで助けたならば最後まで助けるのが筋とひたすら青い屋根まで誘導する。
少女は最後の気力を振り絞る様に青い屋根の家に到達するが相変わらず周囲に人の気配はなく、とうとう彼女は力尽きたように膝を地面につく。荒い息を何とか整えようとするが、追手が彼女の姿を視認するとすぐさま向かってくる。せめてもの時間稼ぎと彼女との間にゴリアテが飛び出すが、鬱陶しいとばかりに男の1人が抜刀するとゴリアテに向けて振り下ろす。
カキンッ
男は驚いていた。振り下ろした先には小鳥ではなく、剣で斬撃を防いだ青年が1人。思わぬ乱入に混乱しながらも、目の前の障害を排除するために懐から短刀を引き抜こうとする。アミルは彼の空いた腕の動きを確認し、剣戟をすり抜ける刹那に目にも止まらぬ速さで男を袈裟切りにする。斬られた男は血を吹き出しながら力なく倒れ、アミルは残る2人に視線をむけるがそのうちの1人は後頭部に矢を生やした状態ですでに事切れていた。
その背後にはいつの間にか回り込んでいたティアラの姿があり、鷹のような鋭い視線と弓を残る1人の男へと向けている。
「諦めろ、お前に逃げ場はない」
前方をアミル、後方をティアラ。完全に退路を断たれている状況であったが、それでも男は不敵な笑みを浮かべていた。その様子に思わず訝し気に眉を上げるが、次の瞬間には男は隠し持っていたダガーを投げる。ダガーを投げると同時に男はその場で倒れ、一瞬の出来事に冒険者の2人は反応し切れずにアミルは脇をすり抜けるダガーの存在を許してしまう。狙いは少女、2人が歯を食いしばって予想できる最悪の未来を想像する。
ダガーは少女に真っ直ぐ向かっていき、2人はただその行き先を凝視するほかなかった。しかしその凶器は少女に届くことはなく、軌道を咄嗟に塞いだゴリアテに直撃すると彼は力なく少女のそばまで弾かれる。いまだ現状に追いついていないアミルはその様子を呆然と見ており、ティアラは倒れたゴリアテを凝視しながら絶句していた。それでも防護魔法を纏っていたことで大した怪我をすることなく、やがて僅かに身動きする姿を確認するとティアラはほっと胸を撫で下ろすが少女がゴリアテを抱き寄せてしまったことで再び怪訝そうな顔をする。
しかし彼女に敵意が感じられなければ、曲がりなりにも命を助けたことも考えれば問題ないだろうと思い出したようにダガーを投げた男へと慎重に近づく。うつ伏せに倒れており、微動だにしないことからゆっくりと身体を仰向けにすると血の泡を吹きながら絶命していた。
「…毒か」
アミルが男の最後を見下ろす中、ティアラは容赦なく男の身元を調べるために身ぐるみを剥ぎ始める。目ぼしい物はなく、仕方なく他の男たちの持ち物を調べ始めるがそこでアミルは少女へと視線を移す。マントは脱げ落ち、綺麗な茶色の髪を顔に垂らしながら力強くゴリアテを握りしめている。
結局最後まで何が起きているのか理解することはなかったが、青年は一息つくとゆっくりと少女のそばに近付いて行く。
努めて明るい表情を見せ、彼女にソッと手を差し出す。
「お怪我はありませんでしたか?」




