02.アンインストールが開始されました
家名のため、生き残るため、必死に魔術を学んだ。
よっぽど素質があれば宮廷魔術師とかどっかの機関に雇われたりするようだが、俺にはそこまでの才能はなかった。だからこそ睡眠時間も削り、資料館の本を片っ端から脳に刷り込むかの如く読み漁った。死にもの狂いで学んだ……だが現実は非常だった。結局攻撃魔法を一切習得できず、防護魔法しか覚えられなかった。しかもわずかに防御力を上げるといった程度の付け焼刃効果。
向き不向きはあるって先生も言ってたけど、これはないわ。
この結果を経て学院側もこれ以上育たないと判断したんだろう、俺含む他のなんちゃって魔術師たちを前線に送り出してしまった。ちなみに理由は「十分前線に役立つ」だと、マジふざけんな。
貴族だろうが何だろうが、戦場コースは確定してしまった。クソみたいな世界でも折角転生したんだ、せめて今世では寿命を全うしたい。
そして俺は大陸の端っこに位置する『ミランダ砦』に配属された。戦闘経験も何もないなか、攻め込んでくる敵にビビりながら砦の中で出陣する兵士たちにひたすら防御魔法をかけていく単純作業。
…怖い。
前世で一回死んだから大丈夫だろう、って過信してたけどそんなもんじゃない。あの時はほぼ即死だったから気付いたら死んで全部終わってたんだ。
なのに今回はずっと怒声や悲鳴、武器が空を切る音、矢と魔法が飛んでくる音しか聞こえない。さっきビクビクしながら出陣した俺より若そうな奴が両足をなくして砦の中に担ぎ込まれていた。
もう嫌だ。
こんな所で死にたくない。
人類のために戦うならまだマシだったかもしれないのに…こんな…こんな戦いなんて…
眼下には人間が戦っている。人間同士が殺し合っている。
前にも言ったが種族同士の争いも当たり前のようにあり、今も多くの王国が覇権を巡って泥沼のような戦争を繰り広げている。かつては[勇者]が生まれた王国が全てを支配する権限を持っていたそうだが勇者が亡くなり魔王の脅威が去った今、王国はそれぞれが勇者がいた王国のポジション争いをしているわけだ。
自分がもう誰のために、何のためにこの世界に生まれたのかすらもう分かんねぇ。こんなことなら代わり映えのしない、あの何もない日常に戻った方がマシだ。
「砦内に侵入されたぞー!この砦を死守しろー!」
階下から突然聞こえた怒号と敵が攻め込んできているのであろう、剣戟の音が響き始めた。同じ階にいた兵士たちや俺と一緒に連れてこられた魔術師もビビりながら階段を駆け下りていく。
必至に応戦してるようだけど、もうもたないだろう。
……もう嫌だ、俺は帰る。おじさんの所に帰るぞ!!脱走兵なんて称号と罪に問われるだろうけど、おじさんならそんなこと気にせず匿ってくれるはずだ。それに親の遺産もある、当分の生活は何とかなるはずだ。そう自分に言い聞かせ、なし崩しの勇気で自分を奮い立たせる。
恰好悪くてもいい、生き延びるんだ。そうと決まればこんな砦に用はない。
しかし裏口は1階にあるし、俺は今3階で待機している。周りは先程階下へ援護に行ったから出払っていて誰もいないし、今の俺の行動を咎める者は誰もいない。
今頃1階はおぞましいことになっているだろうけど、今ならドサクサに紛れて抜け出せるかもしれない。最悪多少の怪我なら防護魔法で軽減できるはずだし、ローブを頭から羽織っていけばそんなに目立たない…よな?
念の為、裏口に敵が廻ってないか砦の窓からちょっと頭を出した。奇跡的に1階を潜り抜けたら敵兵士と鉢合わせ、なんて洒落にならない。
そう、ほんのちょっ、と…だ…け……
気付いたら自分の血溜まりの上に突っ伏していた。
そうか、矢を打たれたんだ。あんな一瞬だったのに、敵さんマジ強い。考えてみると前もあっさり死んだんだよな俺。あっさり死亡系男子、絶対流行らんだろうな。
…………
もう……転生なんてしたくないよ。死ぬのはもう嫌だ。一瞬だろうが何だろうが、俺はもっと平和に生きて大往生したいんだよ。
「もう…いや……だ」
久しぶりに流された涙は誰に見られるでもなく、やがて彼の意識は暗転した。
……………………
…………………
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…………………………
ん、…ん?
…何だ、また転生したのか?
意識が戻ってくるのを感じる。
ゆっくり目を開けると、視界は黒一色であった。ただ、輪郭がぼんやりと白い線として見えるので視覚情報としては問題ない。
確か…矢に射抜かれて死んだはずじゃ…
ゆっくりと身体を起こそうとするが、身体がきしんで上手く動かない。これでもかと精一杯力を入れると身体前面がパリパリと渇いた音を立てることも構わず踏ん張り続け、何とか立ち上がることができたが全身に気怠さを覚える。
先程まで横になっていた床を見ると色の区別はつかなかったが渇いた水たまりのようなものが広がっており、自分が倒れてたところだけがぽっかりと空いていた。それと同時に自分の首に見覚えのある物が突き刺さっていることに気付き、引き抜いてみた。
「…あの時の矢だ」
自らの終わりを告げた一本の矢。何の変哲もない物であったがそれは間違いなく自らの首に刺さり、絶命に至らせた何よりの証拠でもあった。
「ってことはこの床の水たまりは俺の血か。渇いて身体にこびりついたんだな」
身体の前面にべったりと付着している渇いた血を手で払いのけながら考える。自分はあの時確かに死んだはずだ。この血の量から考えてやっぱり生きてました、なんてありえない。
全く辿り着く気配のない結論に溜息を吐き、自然と血を払いのけていた手を見て驚愕する。
まるでミイラのような、
生気を全く感じさせない2つの手のようなものが彼の眼前にあった。