180.平穏謳歌
「安いよ、安いよー!今日はいい品が揃ってるよー!」
「はいはいはい!騙されたと思って見てってよ!ファムォーラご自慢のハーピーの羽飾りよ~!」
盛り上がる商店街を絶え間なく道行く人々。
物を落とせば雑踏によって永遠に見失ってしまうであろう盛況に、商人は嬉しそうに右へ左へ視線を移す。
その視界には人間だけでなく、魔族やハーピー、エルフ、そして巡回するアンデッドの姿が映っていた。
混沌とした世界が繰り広げられるなか、訪れる者が誰一人としていない都市の端に存在する森のさらに奥に、司祭のような出で立ちで浮遊する魔物がいた。
傍らには悪魔のような翼を生やした、豊満な肉体を彼に押し付けるように抱き付く別の魔物がいた。
互いに言葉を交わすわけでもなく、風になびく森と同じように浮動を貫く異端の夫妻。
しかしその静寂もあっさりと終わりを迎える。
「……喰らえぇ!スーパーシャイニングスペシャルアタックーーッ!!」
木々の中から球体の物質が叫びながら飛び出し、リッチに迷わず向かっていく。
やがてぶつかる手応えを感じる瞬間、幽体と化した彼の身体をすり抜けると、背後の岩に鈍い音を立てながら泣き声が響く。
「…っ、痛った~いっ!!」
「あら、リロイ。リッチに勝とうなんて一生無理よ?」
「う~、頑張ればまだイケるもん!」
悔しそうに涙目でリッチを見つめるが、頭部だけが宙に浮いている少女の後頭部を別のモノが勢いよく小突く。
「我が主、申し訳ございません!こらリロイっ、何度言えば分かるんだ!」
リロイ、と呼ばれる頭部の大きさを一回り上回るリロも、頭部を浮遊させながら少女を叱る。
ハノワの熱い10年越しのプロポーズ、そしてリッチの細やかな[贈り物]として生まれたリロの愛娘。
そのヤンチャさに当の本人は頭を悩ませているが、かわいい孫が出来た身としては彼女の訪問は喜ばしい物だった。
『こらこら、そんないじめるもんじゃないよ?リロイにはいつか不死王になってもらうんだから』
「そしたらお母さんはアタイの眷属になるんだよね!?」
「ふふん、残念ながら私は[冥王]たる我が主の眷属なのだ」
『…ま、もっぱら治安維持と物流管理が主要業務なんだけども』
「リッチおじいちゃん何か言った?」
『何でもない』
慌てて言葉を濁すと訝し気に彼を見つめ返すリロイであったが、母親に促されると笑顔でリッチたちに別れを告げ、都市の方角へ帰っていく。
サンルナー教の名が途絶えてから早くも10年の歳月が流れ、かつて若者として腕をふるった少年少女も今では30手前。
ライラやスターチ、そして彼の母はサンルナー教に所属していた者たちを受け入れて最盛期とばかりに蠢く学院都市の管理に大忙し。
カンナとガイアは多くの子を授かり、今ではカンジュラの中心人物として本人たちも望まぬ事務職と育児で街を離れる暇もない。
アイリスとリゲルドは魔境の繁栄で忙しかったはずが、第一子を身籠ったことで今では魔王による過保護な療養に、幸せと共に暇を持て余していた。
サンルナー教の教祖と言えば、アンデッドの身でグレン率いる深淵の教団と国から国へ、平和を訴えて回る日々。
定期的にグレンやアンダルシア本人から連絡が入るが、先がまだ長くも、順調な旅路であることを伝えてきた。
そしてレオルは…
「そういえばそろそろフィントも子供を産む頃よね?」
『ソフィアちゃんもね…それにしても2人してファムォーラで産むことないのに』
「いいじゃないの。私たちの孫に付きっきりだったティアラも、今は2人に付きっきりなんだから」
『…孫、ね』
他人事のように話すアウラの言葉に、思わずため息で応じてしまう。
リウムたちは無事クルスと結ばれ、王城も今ではハーピーの巣窟と化していた。
天真爛漫な彼女たちが一斉に飛びついている様は何度見ても慣れず、[無冠の王]として隠居を決め込み、森の奥へと引っ越した理由の1つである。
彼女たちの父であるクルスはハノワの補佐として活躍しており、本人の仕事と妻子による疲労は彼女らの歌声によって強制的に回復される毎日を送っていた。
彼と会えば、時節サンルナー教の解体直後に出かけた旅行の思い出を虚ろな瞳で語ることもあり、父としてカウンセリングの真似事を彼に施すこともある。
そして彼の妹、クロナと言えば…
『クロナはまだ孤児院の先生やってるんかな』
「…言っておくけどワ・タ・シが、第1夫人だからね?あの子は[第2]夫人だからね!?」
『わ、分かってるよ…』
結局押し切られ、旅行中のロマンチックな夜にプロポーズされるというイベントをこなす羽目になった。
しかし本人は子を儲けるつもりもなく、今では孤児だけでなく、一般家庭の子供やハーピーたちの教師も買って出ている。
リッチが学院都市の会長を兼任していることもあり、彼女もまた学院で教鞭をとり、多くの尊敬と熱望の眼差しを向けられるが、すでに[夫]がいる彼女はそれらの思いに応えることはない。
冥王としてグレードアップしたリッチの能力によって、アンデッドがいれば生者すら転移が可能になったことで、学院都市とファムォーラを往復する毎日を活き活きと過ごしていた。
不死者の時間は永劫であっても、周囲の時間は目まぐるしく流れゆく。
ため息を吐く間もなく、次から次へと新たな生命が誕生し、イベントが巻き起こる。
そしてその1つが、ティアラの騒々しい念話によってリッチの耳元に鳴り出した。
次回、最終回となります。




