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172.時間制限

 山の中に建てられた聖堂。

 本来であれば祈りを捧げ、厳粛な空間であるべき場所。



 今や鎧が砕け、血しぶきが飛び交う闘技場の一端を担っていた。

 叫び声が止むことはなく、金属が火花を上げながら新たなる光源を生み出す。


 しかし光源はそれだけではない。


「[氷結]っ!」


「うぉっ!?」


「[雷撃]ッ!」


「きゃっ!?」


 見た目は全く同じ剣であるが、彼女たちが呪文を唱えると刀身が呼応して魔法を解き放つ。

 剣戟の合間に矢の如く向かってくる殺意を避け切ることは出来ず、何度も被弾しているはずが、不思議とダメージはない。


 円の陣形で互いに背を向かい合わせ、次から次へと迫ってくる脅威を薙ぎ払っていくも、真に彼らの背も正面も守っているのを中央に浮く不死王であった。

 レオル一行に代わって集中的に彼を狙う魔撃が頭上を駆け抜け、リッチの身体を透き通って反対側へと飛んでいく。

 もっとも厄介な攻撃の大半を引き受ける上に全て効いておらず、迎撃する勇者一行を無尽蔵に防護及び回復魔法をかけている。


 まさに[チート]に近い戦であったが、甘んじるわけにはいかないと可能な限り被弾を避けて剣戟を続ける。

 しかし緊迫した雰囲気を台無しにするように、不死王の抑揚のない声が、それでもハッキリと聖堂の隅々まで届いた。


「刀剣に、転生者の魂を仕込んだのか?」


「…女神様に頂いた[チート]はそれぞれの魂に刻まれます。彼らが亡くなる前に搾取し、刀剣に移したに過ぎません」


「お前さんは魂に干渉する能力を持っていたみたいだけど……それじゃあ、いままで何百人の[勇者]を殺してきたんだい?」


 聖堂にひしめく女騎士、それぞれが帯刀する刀剣に宿した話が本当ならば身の毛もよだつような時間の流れの中、アンダルシアは[選ばれし者]の魂を奪い続け、彼女が信仰する女神の望みを遂行し続けた。


 その会話は耳に届くも、レオルたちは剣戟を止めるわけにはいかない。

 動揺を振り払うために声を張り上げて騎士たちを叩きのめすが、彼女たちは感情を晒すことなく教皇の命に従う。


「全ては女神の意思ですから…しかし」


 先程の無垢な笑顔が消え、命を持たぬ人形の様相で彼らを見下す。

 それと同時に聖堂全体が揺らぎ始め、天井から降り注ぐ砂埃が岩石へと変わり始める。

 戦闘を続けることが困難になる程の地響きに、剣戟や魔法の音が止んでしまった。


 騎士たちも勇者たちと同様に戸惑い、一斉に感情を灯さないアンダルシアに視線を注ぐ。


「不死王がいる限り、女神の悲願も決して敵わないでしょう」


「…何をするつもりなんだ」


「その名の通り、1度大陸を海に沈めます。生命は死に絶えますが、すぐに浮上させれば大陸そのものは傷つかないでしょう」


「目的が俺だけなら無駄なこったな。大陸沈めても俺は消滅しないぜ?それに沈めるってどうやって…」


「いえいえ、[貴方の思想]が浸み込んでしまった大陸を浄化するだけですよ。同盟など組んでは戦の妨げになりますから。それに、この世界に召喚される前は地質学者だったのですよ?時間と転生者の力を集結すれば造作もありません」


「へっ、随分な執念なこって」


 勇者一行の代表が、サンルナー教の代表が自分たちの命が掛かっている時に、それぞれ他人事のように笑い飛ばしている異様な雰囲気に全員が息を呑む。

 戦意を喪失した者まで出る始末であったが、アンダルシアの鋭い眼光によって彼女たちも身を固める。


 もはやそこには聖なるサンルナー教の信仰は内在せず、崇拝が恐怖へと変化していた。

 しかし彼女たちは武器を決して落とすことはなく、再び柄を握りなおすと意を決した形相でレオルたちに切っ先を向ける。


 その一方で今も大陸は沈下を続けており、彼らの任務に時間制限までついてしまったことに思わずリッチに懇願の視線を注いだ。

 [ラスボス退治]など悠長なことは言っていられない。今すぐにでもアンデッドの軍勢を呼び寄せ、騎士たちを蹴散らしてアンダルシアと対峙するしかない。


 必死の形相で彼を睨みつけるも、彼がその願いに応える様子はない。

 それどころか、ヘビに睨まれたカエルのように微動だにせず、心無しか杖を掴む腕が震えている。

 瞳は黒ずんでいき、その様相はまるで…


「その杖、どこに行ってしまったのかと思えば……貴方が大事に保管していてくださったのですね」


 リッチが手にした杖が徐々に光り輝き、彼の身体を侵食するようにその輝きが増していく。


「私が女神より授かったチートを補助してくださるアイテムだったのですが、貴方の手に渡ったのは彼女たちの思し召しなのでしょう」



 不透明であった幽体の身がさらに透けていき、反対側まではっきりと見えるほど彼の存在までもがあやふやになる。



「そのチートなのですが[魂の拒絶]と呼ばれるものでして」




 アンダルシアの声も、レオルたちの呼びかける声も次第に遠ざかっていく。



「……永い時…魂の操作が…で………ように…」


「リッ……何やっ……」



 辛うじて視線をレオルたちに下げ、最期に不敵な笑みを浮かべると空いた手を弱々しく振った。




『ば……い…、び…』



 消滅の瞬間、間の抜けた声を残して彼は大陸から杖と共にその姿を消した。

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