168.入り口
突然の爆弾発言にその場にいる全員が絶句し、言葉を失ってしまう。
[面白くないから]、と王城ではアンデッドの軍勢を派遣しないことを口ずさんでいたが、心の片隅で僅かながらも彼の力に頼っていたところもあった。
それが[絶対]という言葉で括り、冗談で言っている様子ではないことを窺うと猶更不安を覚える。
「な~に、死んだらアンデッド化して戦わせてやるから心配しなさんな」
「いや、そういうわけでは…」
そもそもアンデッドに頼っていることが前提として間違えていることは事実だが、曲がりなりにも世界を裏で操っている黒幕を襲撃するのだ。
最悪のシチュエーションを想定した場合、否が応でも召喚に頼らざるを得ない気もするが本人は一向に承諾する気配を見せない。
しばらく互いに見つめ合っていたが、彼は決して意思を曲げるつもりはないと腕を固く組む。
「俺はあくまでも[回復役]、君らは[勇者]。勇者が不死の軍勢引き連れてラスボス攻略とかありえないでしょ?」
「命のやり取りがあるって時にそんなこと言ってる場合ですか!?」
「言ってる場合だよ。君らは女神たちに選ばれた精鋭、俺はあくまでも間違えでこの大陸に生まれた死人。どう考えてもしゃしゃり出る俺の方がおかしいでしょうが。あくまでも勇者たるライラ嬢の代わりでいるんだから」
「…なんでそこまでして形にこだわるんですか?」
「[人間]が抗うことに意味があるからだ!」
これまで冷静に彼らの相手をしてきたリッチの初めて見せる感情的な叫び声に、一同は思わず1歩身を引く。
それを恥じたのか、気まずそうに後頭部を掻きむしると気怠そうに顔を上げた。
勇者一行は叱られた子供のように小さくなり、逆鱗に触れてしまったのかと口を開くことすらしない。
互いの間に重たい沈黙が流れ、気難しそうに目を固く閉じているリッチが言葉を探している様を黙って眺めていると彼は恐る恐る口を開いた。
「…俺はもう過去の亡霊でしかないんだよ。この先も君らよりは長くこの世界にいるだろうけど、いつまでも君たちの面倒を見ているわけにもいかない。君らの[巣立ち]は…俺が奪ってしまったから、勇者としてこの世界に転生した者たちを最後まで見届けるのが俺の義務なのさ」
「巣立ち、ですか?」
「リゲルドのことだけど、詳しいことはクルスたちに聞いてみるといいよ」
寂しそうに、しかし次の瞬間には楽しそうに笑うリッチの忙しない感情の動きに混乱しそうになる。
それでも彼が言わんとしていることは何となくだが分かった気がした。
「…ようはいつまでも親に甘えるな、自分の足で歩けって言いたいのかよ?」
「端的に言えばそうかな。ハッキリ言えば、俺は全てが終わったらアウラと隠居する予定だからね。この先何かあった時に、人間の君らに頑張ってもらわなきゃならんのさ」
モチロン魔族にもね、と言い残すと静かに彼は手を叩いた。
「はい、説教はここまで。立ち止まってないで出発しよう」
「そ、そうだな。さっさと敵地に攻め込んでさっさと帰ろうぜ」
「まるでお使いみたいに言うよね」
「おやおや、この不死王が直々に出したクエストだよ?そんな簡単に終わるかな?」
「…リッチさんは僕たちを不安にさせたいのか、励ましたいのかよく分からないですよね」
重苦しい雰囲気が消え、足が自然と目的地に向かって歩き出していたことに気付かない程彼らは落ち着きを取り戻し、かつて魔王討伐に大儀を見出していた頃を思い出す。
ファムォーラを抜け、僅か数日ばかりの時間しか経っていなかった。
それでも彼らの心はすでに[巣立ち]を迎え始めていたことに、この時はまだ誰も気付いていなかった。
日が沈み、唯一の光源となったロザリオの光に導かれた彼らは休まず歩くと光が一層強く輝きだす。
生命の気配が見当たらない山岳地帯を進み続けていた彼らも、程なくして足元に草が隠れるように生えていることに気付く。
やがて僅かばかりの緑が徐々に生い茂りはじめ、木々が岩肌を貫いて逞しく生えている景色が広がり始める。
目的地は目前、そう考えると自然と腕に力が入ってしまう。
無意識の内に武器を取り出し、辺り一帯の警戒に気を引き締める。
カンパネリ王国が攻め込んだ際に侵入した斥候の話はリッチより聞いており、いつ背後から襲撃されても対応できるように最大限の注意を払っていた。
「…あれ、光が消えた」
ふいにレオルが間の抜けた声を上げ、彼の手元に全員が視線を向けるも光源が消えたことで完全な闇に包まれ、途端に襲われる気がして心が休まる暇もない。
しかし彼らの不安をよそに、岩を引きずるような音が響いたかと思うと突然目の前の岸壁が右へとずれていく。
ぽっかりと岩肌に開いた穴に向けて武器を構えるも、洞窟の左右に設置された松明が忽然と明かりを灯す。
[選ばれた者]が進む道だとライラが言っていたが、そのための歓迎なのか。あるいは彼らが向かっていることを知っていて予め設置された歓迎なのか。
後者だとすれば確実な罠であり、その思考が一行を中へと入っていくことを妨げていたが、入り口をいつまでも睨みつけるわけにはいかない。
大きく一呼吸するとレオルが1歩踏み出す。
「…行こう」
振り返ることなく、確かな足取りで洞窟へと歩を進めていくと彼に続く複数の聞き慣れた足音が背後から聞こえる。
その音に安堵感を覚え、いつものように背中を彼らに預けて松明に導かれるがままに歩みを続けた。
1人、もっとも強大な力を有する者の足音が聞こえないことに可笑しさを覚えながら。




