165.消灯時間
「魔王に夜這いをかけたのっ!?」
「違っ、って大きな声で言わないでよ!」
「魔王を寝とっちまうとか、最強の勇者だわな」
「うっさい!」
「…マジっすか……アイリスの姐御マジっすか」
「スターチ変な気遣いやめて!」
「えっと、おめでとう?」
「うるさいっ!!」
次々とアイリスをなじる言葉に、それまで無言で一行の話を聞いていたリッチが笑いだす。
鋭い視線を彼にぶつけるも、構わず腹を抱える彼の姿をしばらく凝視していたがやがてそれも諦める。
考えてみれば事の始まりはリッチに相談をしに行ったこと、彼が関わっていないはずがないと思えば、リゲルドの襲いたくなるようなしおらしさも納得がいく。
「…まんまとリッチさんの策にハマった気がする」
「失敬な、俺は何もしてないよ。むしろ放っておいてほしいって言いだしたのはアイリス嬢だろ?俺は愛弟子にそのことを正直に伝えただけさ」
「うっ」
それ以上強く出ることも出来ず、再び視線をぶつけるが彼に口先で勝てるとは思えない。
いまだに火照る頬を擦り、不機嫌そうに腰を下ろす様を笑いながら見送ると皆の視線はリッチへと注がれる。
「ところで、リッチさんの目的って何なんですか?」
「…目的?」
「僕等と一緒に旅に出ようって、アンデッドの軍を率いるわけでもなく…なにか狙いでもあるのかな、って思って」
「目的?冒険者らしいことをやってみたかっただけで、それ以上の狙いはないよ?ラスボス討伐の話は本当だけど半分は口実かな」
その言葉に、一瞬は沈黙が訪れるが全員が口々に異議を申し立てる。
確かな目的地があることはともかく、お遊びで勇者一行をここまで引っ張りだしたのかと文句を言う。
だが当の本人はいつものように余裕の笑みを浮かべ、意にも返さない様子を見せると宙に寝そべる。
話を聞かせてくれた代わりと、いままで起きた全ての出来事を話すと告げると途端に彼らは静かになった。
曲がりなりにも異世界に転生した大先輩であり、3000年以上存在していると聞いていればどのような話が聞けるのか興味は尽きない。
焚火が爆ぜる中、虫の囀りもない静かな夜に彼の物語が紡がれた。
「…マジか」
「マジっす」
それほど長い時間が流れたわけでもない。
むしろ彼なりに省いて話してくれていたことを知るが、あまりにも壮大な話にガイアが呟くことがやっとであった。
ようやく平常心を取り戻し、それでもどのような言葉をかければいいのか分からない彼らに思い出したようにリッチが言葉を続ける。
「…この世界に産まれた時は冒険者らしいことをするのが夢だったんだ。所帯をもって立場も出来たから大分諦めてたんだけども、今叶ってるよ」
嬉しそうに語る彼に、照れくさそうに応じるも火がかなり弱くなっている事実に気付くと慌てて木を継ぎ足していく。
焚火が消えかかるほどに話しに耳を傾け、思わず笑いが込み上がりそうになるが、もう1人仲間がいないことを思い出す。
彼女の代わりを買って出た不死王の透き通った身体に似合わぬ、濃すぎる存在感が原因ではある。
しかしベッドに今だ横たわっているだろうライラの存在に思いを馳せ、もっとも勇者を必要としている時に力になれなかった彼女の悲痛の面持ちが脳裏に浮かぶ。
「ライラの弔い合戦だ」
小さな声で叫ぶスターチの言葉は全員の耳に届き、しんみりとしてしまった空気が途端に引き締まる。
ライラを道具のように扱い、この世界に滅びを運ぶ集団に幕を下ろさねばならない。
本来であれば討伐対象の役は魔王、または…
ふいに全員の視線がリッチへと集まる。
アンデッドによる世界の支配からの解放というシナリオ、だが彼らはむしろ[こちら側]にいた。
どれ程時が経とうと決して慣れない状況であったが、そもそも平凡な高校生が異世界に転生した時点で常識は崩れ去っているのだ。
感謝こそすれ、今更ファンタジーの常識を疑う意味などない。
今にも出立する勢いの一行を常識外れの位置づけにいる不死王が宥め、再び彼の存在に笑みが零れる。
「はいはい、明日は日が昇る前に出るんだ。ベッドタイムストーリーは終わりだよ…早く寝なさい」
「…ふふふ。まるでお父さんみたいですね」
「これでも5人の子供がいるんでね。3000年前も7人位面倒見てたし」
「7人って、サイレントウォーカー一行のことだよな。5人じゃないのか?」
「カンジュラのおてんば王女様と鍛冶好き王子様のこと。しかも俺が鳥とネズミの姿をしている時にだよ?…ま、安心して早く寝なさい」
子供扱いされながらも不思議と嫌な気分ではなく、眠りを必要としない不死王に見張りを任せてそれぞれが床についた。
「「「「「おやすみなさい」」」」」
「…おやすみ」
その言葉を最後に、次々と寝息を立てていく勇者たちを横目に見守りながら彼は夜空を見上げる。
焚火が煙を上げ、空に立ち昇る様に昔のことを昨日のように思い出していた。
地面に突き立つ剣の上で、獣の視界から不器用なエルフと共に眺めた景色が流れ星のように脳裏を過ぎていく。




