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164.ケダモノの夜

「きゃはははは!やっぱりフィントちゃん男って間違われたの?」


「笑い事じゃないよ、その後本当に大変だったんだから」


「はははははは…婚姻はいつになるんです?」


「ま、まだ考えてないよ~」


「あ~っ…面白かった。じゃ、次アイリスな」


「……一応言っておくけど、何も面白いことないからね」





 ~アイリスの話~


 勇者の任を解かれ、しばらくはファムォーラに留まっていたが、リゲルトの熱心な誘いを何度も受ける羽目になる。

 リッチに相談した結果、悪いようにはされないと安心を保障する彼を信用し、渋々リゲルドに引き連れられて魔王城へと移住することになった。


 リゲルドに関して言えば重苦しい肩書を除けばやんちゃな男の子そのものであり、出来の悪い弟が出来たようで、1人っ子であった彼女にとっては新鮮な体験であった。

 しかしそんな彼も一国の主であり、リッチに約束した通りファムォーラに負けない国を作ろうと日夜魔境を飛び回る姿に度々惚れそうになった自身はチョロいのではないかとも思える。


 元勇者として複雑な思いはあったが思いの外生活に困ることはなく、デモンゴがよく彼女の世話をしてくれていた。

 そんな魔王城に日夜訪れる魔族の姿は大小様々であり、子供の頃に行った動物園の珍しい動物たちを見たことを漠然と思い出させる。


 摩訶不思議な生活にも慣れ始めるも、何度もリゲルドの夜襲を交わし続ける日々が続いたことで寝不足と疲労が重なっていく。

 藁にもすがる思いでリッチに相談し、それ以降不自然なまでに襲撃の手が止んだことに疑問を覚えたがようやく訪れた平穏に一息つくことができた。


 そんな日々が流れ、ふいに平穏が寂しさに変わりつつあることに気付いたのはいつ頃だろうか。

 話し相手はデモンゴだけとなり、リゲルドとの会話は辛うじて挨拶を交わす程度のものとなっていた。


 むしろアイリスを避けている節すらあり、流石に彼女の忍耐力も限界にきていた。


「リゲルド!!」


「なっ!?ど、どうしたのだ?余に部屋に入ってくるなといつも言っているのはアイリスだというに」


「うるさい!いままで毎日忙しいのに私の所に来ていたアンタが、急によそよそしくなるんだもの…何があったのか気になるに決まってるでしょ!?」


 アイリスによる初めての夜襲に驚きを隠せず、慌てて部屋中に散らばる書類の山を整理する彼が、どれ程魔境の復興に力を注いでいるか痛いほど分かった。

 しかしその顔はアイリスの訪問によってすでに集中力が切れており、気まずそうに視線を逸らそうとする彼に呆れながら急接近すると顔を鷲掴みにする。

 アイリスの顔が近付き、頬を真っ赤にする魔王の初々しい反応につられてアイリスまで赤くなりそうになるが、騙されまいと首を振り、彼を睨みつけると恐る恐る視線が交差する。


「…リッチさんに何か言われたの?」


「し、師匠は関係なッ」


「な・に・か・言・わ・れ・た・の?」


「……師匠に…このままではアイリスに嫌われると、捨てられてしまうと言われたのだ」


「…へっ?そ、そんなこと」


「アイリスは勇者で、余が魔王なのがいけないのか?余は…アイリスを愛してはいけないのか?」


「そんなわけないでしょ!!…そんなわけ、ないでしょ?」


 気付けば彼を強く抱きしめ、今にも泣きだしそうな見た目相応の感情を露わにした魔王を包み込んでいた。

 彼もまた答えるように彼女にしがみ付き、勇者と魔王の立場では本来あり得ない光景が寝室に広がる。


 鼻をすする音が耳元に聞こえ、さらに強く抱きしめると彼が落ち着くまで静かに時が流れるのを待った。

 やがて沈黙が訪れ、一向に言葉を発しようとしない彼にため息交じりで話しかける。


「そもそも嫌いだったらアンタと一緒にいないわよ…アンタこそ元勇者と結婚したいだなんて、魔境を統治しようって時に大丈夫なの?反感を買ったりしないの?」


「…人間も魔族も関係ない。余は師匠と約束したのだ、魔境を必ずファムォーラを凌ぐ場所にするのだと…それに」


 彼女の肩から離れ、鼻先が触れそうな距離で目と目が合う。

 吸い込まれてしまいそうな潤んだ瞳に思わず心を乱され、息を呑むと彼の言葉に耳を傾ける。


「余は、自分の気持ちにウソはつきたくない…アイリスは、余のことをどう思っているのだ?魔王の余を…愛してくれるか?」


「…あーもうダメ。反則過ぎる」


 気付けば小さな魔王をベッドに押し倒し、小さな腕を握るが彼は何が起きているのか理解していないようであった。

 その表情が彼女の心を騒ぎ立て、リゲルドの身体の上に覆い被さる。




 翌朝、日の出を知らせる魔獣の異形な声によって目覚めたアイリスは起き上がると服を身に着けていないことに気付く。

 ふいに寝息が聞こえ、視線を走らせるとそこには同じベッドに同じく衣服を着用していない魔王の姿があった。


 気持ちよさそうに眠る彼を凝視し、昨夜のことを鮮明に思い出すと彼を起こさないように必死に声を押し殺しながら悲鳴を上げる。





 その日、今だに夢現といった様子のリゲルドと共に朝食を食べようとするも、赤色のパンが出されたことに疑問を覚える。

 むしろ食卓のほとんどが赤に染まっており、初めて見る色合いの食卓にある結論に辿り付くとぎこちなくデモンゴに視線を向ける。

 その目は卑しく、しかし含みのあるものであることを察すると顔から火が噴き出しそうになる。



 

 同じ日、彼女はこの世界に[赤飯]の概念があることを知った。

 そして彼女は自らの中に、魔王をも凌ぐケダモノが巣食っていることを知った。

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