161.旅立ちは事後承諾の後で
カンパネリ王国軍を退けて僅か数日、勇者一行が旅支度を整えている間にファムォーラの今後と旅立ちについてを知らせるためにリッチは各方面へと飛び回っていた。
いまだに事態を飲み込めていないハノワに突如[旅に出る]ことを伝えるリッチに何かを言おうと何度も口を開こうとするも、彼が事後承諾の常連であることを思い出すと溜息のように旅路を祈る言葉しか出てこない。
グレンは予め察していたのか、会釈をするだけで互いに言葉を交わす必要すらなかった。
ティアラに言葉をかければ後は任せてくれと、ない胸を勢いよく叩いて咳き込む彼女に腹を抱えて別れを告げる。
順調に事が進んでいるように思えたが、リロやクルスに気軽に声をかけた所で猛然と反対され、行くならば連れて行くよう執拗に差し迫られた。
「父上!自らお出かけにならずとも、僕たちが立派に任務をこなしてみせます!」
「[クエスト]を発注されるならば是非冒険者たる我らにお任せを!我が主が自らご出陣される必要などありませぬ!!」
「…2人ともお父様を困らせることを言うものじゃありませんよ」
一向に首を縦に振らない父親に、最悪でも同行させてもらおうと食い下がろうとした矢先。
仲間内に沸いたまさかの謀反に2人は咄嗟にクロナへ視線を移す。
「妻たる者、大きな心をもって夫を見送るもの…ってお母様が言ってました」
悪気もなく、腹黒さを押し込めた爽やかな笑顔で応じる彼女によってすでに申し出の勢いは消滅してしまっていた。
だが諦めるにはまだ早い。
最後の頼みの綱はリウムたちの突風の如き[お願い]の嵐であったが、いつまでも経っても援軍が雪崩れ込む気配はない。
城内の声ならば確実に拾っているはずなのにと、つい周囲を見回してしまう。
その様子を傍観し、静かに笑い声を立てるとリッチは彼らの援軍はすでにアウラによって抑え込まれていることを告げる。
直接本人たちに伝えようと思ったが、確実に泣き喚かれることが目に見えていたがゆえの牽制。
最後の要が途絶え、それでも納得がいっていない様相に仕方がないとため息を吐き、クロナを一瞥すると彼女は会釈をしてその場から立ち去っていく。
残る2人に視線を戻し、顔を近づけてくるとクルスも彼に倣って顔を近づけ、リロは首だけを浮遊させると3つの頭は声を潜めて会話を始める。
「ハノワにも伝えたけど、これからやることは知らぬ間に終わらせるつもりでね。勇者一行とこっそり街を出るんだけど…お前さんたちまでついてきたら街の人に勘付かれるだろ?」
「…勘付かれたら何か困るのですか?」
「困るわけじゃないさ。ただ平和を乱すようなことをしに行くなんてわざわざ言う必要もないだろうよ。争い事は全て対岸の火事であるべきなのさ」
「……しかし我が主が不在の間、我々は何をすれば…」
「いままで通りの生活を送ればいいんさ。城主が帰ってきた時に変わらぬ毎日をまた過ごせるように、な?」
にこやかに押し切られ、しかしそれ以上反論のしようもないことに唇を噛み締める。
しかし再び視線を交わす頃にはクルスも結果を受け入れ、いまだに諦めきれないリロもクルスがリッチに抱き付いたことでその思いも霧散した。
彼の頭を撫でるとクロナが去った方向へと走って行き、複雑な表情を浮かべていたリロは鋭い敬礼を掲げると彼の後を追っていく。
これで一通り全員に報告できたであろうと、自己満足に浸っていると勇者一行が旅支度を終えた一報を受信した。
すでに彼らは全員街の外へと移動しており、いつでも出発できる旨を確認すると早速転移する準備を始める。
だが、ふいに背後に気配を感じたことでそれも中断された。
その気配は決して敵意を滲ませることなく、むしろ馴染み深いものであった。
「…もう行くの?」
「準備も整ったことだしね。リウムたちは大丈夫だった?」
「号泣してたけど、泣き声が響かないようにとりあえず空間ごと閉じ込めておいた」
「それは大丈夫なのか?」
止めどない会話が続き、へらへらと受け答えをしていると甘い匂いと柔らかな感触が突然身体を覆う。
押し潰される程の力で抱きしめられ、肩越しに漂う彼女の長髪によって表情を見ることは出来ない。
「…帰ってくるのよね」
「俺がいままで約束破ったことあるかい?」
「ないわ」
「連中が送り込んだ奴らにリウムたちを怪我させられたからね。きちんと文句言いに行かないと」
「うん」
淡々とした言葉とは裏腹に力が抜けることはなく、背中を撫でようと、言葉を投げかけようと一向に離される様子はない。
いつまでも勇者ご一行を待たせるわけにはいかないが、それを口実に彼女から解き放たれるのは心が痛む。
しばらく悩んだ末、ある名案が彼の心に差し込む。
「そ、そうだ!戻ってきたら家族旅行に行かないか?」
「……家族旅行?」
ぴくりとアウラの身体が身じろぎし、力が若干緩んだ。
「昔の住処を離れてからずっとファムォーラにいたろ?レオルたちとの旅路が終われば大分落ち着くはずだから、そうしたらみんなで大陸中を見て回ろう!…どうかな?」
「…そ……る?」
「何だい」
「約束する?」
ようやく顔を離すと数十分ぶりに彼女の顔を拝むことが出来た。
瞳は潤み、今生の別れのように今にも涙が零れ落ちそうになっている。
ジッと辛抱強く彼の返事を待つも、いままで何度も紡いできた言葉をリッチは呆れながら言う。
「約束するよ」
そう言い終えると同時に万力に絞められる感覚を覚え、アンデッドでなければ身体を真っ二つにへし折られていたかもしれないと思いながら、その時が止まることを待った。
しかし彼の覚悟をあざ笑うようにすぐに彼女は離れていき、徐々に宙に浮きながら悪戯っぽく舌を出す。
「約束したならもう大丈夫ね!」
心の迷いが自己完結したアウラはやがて姿が見えなくなり、ラスボス以上のイベントをこなした気分で胸が一杯になる。
説明のつかない疲れが全身を突如遅い、出発を明日にでも回したい気持ちに負けそうになるが[約束]したからには出発するほかない。
「…じゃ、行きますか」
最後にもう1度だけファムォーラを振り返り、周囲に誰もいないことを確認すると一陣の風が吹くとともに彼は跡形もなく都市から消え去っていた。
 




