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158.舞台裏

「…ふふふふ。私の息子もやっと男として一皮向けたのですね……早く孫が出来ないかしら」


「何を言っているのだ!大体なぜ私たちは今走っているんだ!?」


 薄暗い廊下、足早に勇者たちが集う寝室から遠ざかる2つの影。



 勇者の一味が昏睡していると聞き、様子を窺いに来た頃に[キス]の一言が開いた扉の隙間から漏れた。

 開く手を止め、すぐさま目を近付けたカヌカに戸惑いを覚えるティアラ。


 声を上げてはいけない気がしたのか、左右を素早く見回すが彼女たち以外に廊下には誰もいない。

 なぜコソコソしなければならないのか、底知れぬ罪悪感が身体の奥底から沸き上がりつつもカヌカが反応したものに対して彼女も興味が沸く。


 彼女の頭上を陣取ると同じように隙間から室内を覗き込み、息を殺す。




 会話から察するに、不死王の突拍子もない提案によって場は混乱しているようだった。

 キスによる目覚めは亡き夫アミルから聞いたことはあったが、あくまでもお伽噺だと聞いている。


 そのような出鱈目が通じるわけがないと思うも、奥方にしがみ付かれるリッチと壁に追いつめられ カヌカの息子の光景に全員がすでに接吻の奇跡を信じているようだった。


 自身の常識が間違っているのではないかと錯覚しそうだったが、顎の下の人物が鼻唄交じりに様子を窺う様からむしろ確信犯であったことが窺える。

 勇者一行は不思議と乗り気のようだったが、少なくとも不死王との付き合いの長さからその性格の悪さはそれなりに理解しているつもりだった。


 彼の掌で踊らされている若人たちが不憫でならなかったが、同情のため息を吐くとカヌカが黄色い声を上げる。

 咄嗟に顔を隙間に密着させ、彼女を感嘆させた動きを確認する。



「……うぉー」



 魔術師が横たわる少女と口づけを交わし、時が止まっている感覚を味わいながら他者の営みを凝視する。

 カヌカの不気味な笑い声によってようやく意識を取り戻し、覗きという恥ずべき行いに顔を赤らめていると彼女の笑い声が不意に止まった。


 急いで隙間を覗き込み、ベッドに視線を向けると今まさにいつ起きるとも分からなかった少女が起き上がるところだった。

 そんな出鱈目があっていいのだろうか。あるいはアミルが言っていたことは実は本当のことであり、不死王もまたこうなることを予期していたというのか。


 考えてみればアンデッドの身でありながら人間の世界に堂々と君臨し、街まで築いた男なのだ。

 大切な仲間に浅はかな提案などするはずもないと、旧友を一瞬でも疑った己を戒めているとふと当人と目が合った。


 カヌカもそれを感じたのだろう、走るように廊下を駆けていく。

 1人取り残されたティアラは扉と彼女の間を何度も視線を往復させ、自分でも理解する間もなく彼女の後を追った。


 覗きは確かに悪かったかもしれない。

 しかし何故コソ泥のように逃げなければならないのか。



「孫は3人欲しいわね。リッチ様に負けてはダメよ?我が息子よ」


「そんなこと言ってる!…だから何故私たちは今走っているんだ!?」



 その後もカヌカの喜びの声は止むことはなく、次はどのような顔をして不死王と会えばよいのか。

 それだけが彼女の心に深々と残っていた。










 覗き魔が立ち去った後、室内はライラの目覚めを祝福する声で溢れた。

 それも物語そのものが現実で再現された光景に、一同は主役の2人を胴上げする勢いでベッドに群がる。


 その様子を遠巻きに眺め、満足気に頷いていると不意にローブを引っ張られた。

 ローブの先を見ればアウラが不審そうに眉を吊り上げ、リッチの耳元まで顔を近づける。


「あなた、さっき何かしたでしょ」


「……ナンノコトカナ」


「誤魔化さないの」


 視線を逸らそうと明後日の方向へ顔を向けようとするも、アウラに顔を掴まれると強引に彼女の眼前へと戻される。


 それでも瞳だけ逸らし、互いにしばらく膠着していたが諦めた亭主が彼女に視線を戻すも相変わらず手が離れることはない。

 不機嫌そうに彼を見つめていたが、話すまで離す気がないことを察すると気怠そうに口を開く。


「…ライラ嬢の魂に直接呼びかけただけだよ」


「キスで起きたのは?」


「キスを引き金に起きるようにしていました」


「ふーん…」


 全てを白状したが、いまだに彼女の手はしっかりとリッチの頭に添えられていた。

 乙女の純情を弄んだことを叱られてしまうだろうか、この歳で怒られたくはないと苦虫をすり潰した表情を作ってしまう。



「…んっ」



 突如柔らかい物が彼の唇を塞ぎ、何が起こっているのかようやく理解した頃にはアウラの唇がゆっくりと離れていくところだった。

 彼の両肩に手を置き、悪戯っ子のような笑みを浮かべると首をカクンと傾げる。


「別に怒ってるわけじゃないわよ。何かしてるのにそれが何か分からないからもどかしかっただけ」


「何かしてるって…よく分かったね」


「…分かるわよ」



 脱力したようにリッチに全身を預けると、彼をしっかりと抱きしめる。



「長い付き合いだもの……それにあなたの妻ですもの」


 むせ返るほど甘い匂いを漂わせ、眠気を覚えそうなほどの安心感を覚えると軽く視線をベッドに移す。

 勇者一行はいまだに興奮が冷めないらしく、夫婦の密談に全く気付いていないようだった。



 まだやらなければならないことは沢山あったが……今は一息つくのもいいかもしれない。

 先程の戦も忘れ、瞼を閉じると思考が静かに意識の奥底へと沈殿した。

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