156.王道たる解呪の法
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「…キス、ですか?」
場に似つかわしくない、不可解な言葉を確かめるように繰り返すスターチ。
その言葉を放った張本人はとぼけた表情で誤魔化そうとするも、勇者一行もまた不思議そうに不死王を見つめていた。
呪われた美女が王子によって目覚めるための王道ともいえる技法だが、果たして眠れる部屋の聖女にそのような出鱈目が通用するだろうか。
そう思うも、今自分たちがいる世界がまさに出鱈目そのものであったということについ考え込んでしまう。
「…試してみたら?」
静寂のなか、ふいに漏らされた言葉に全員がカンナに視線を注ぐ。
しかし本人は至って真剣な顔つきそのものであり、部屋にいるメンバーを見つめ返す。
「アウラさんにも治療が厳しくて、唯一の回復役のライラがこの状態だし…他に案があるなら聞くけど」
「…だとしても誰がやるんだ?」
「言っとくけど、リッチは絶対ダメだからね!」
言葉が先か、行動が先か。疾風の如く部屋を横断するとアウラはリッチに絡みつき、一同を睨みつける。
猛禽類を彷彿させる瞳が一同に凍てつく寒気を走らせ、敵意がないことを表明するために両の掌を咄嗟に見せるが表情は固まったまま。
そもそも指名するつもりもなかったが、牙を剥くサキュバスに襲われないよう視線をゆっくり逸らしていくと再び互いに顔を見合わせた。
レオルはすでに2人の許嫁がおり、ガイアもまたカンナと共に未来を歩む道を選んでいる。
そして残る男は…
「…え、お、俺ですか!?」
「他に誰がいるってんだよ」
「ま、ライラはともかくスターチはその気あるっしょ?」
「い、いやぁ…そんな」
「えっと、よく分からないけどやらない後悔よりやって後悔だって僕のおばあちゃんも言ってたよ?」
次々とかけられる無責任な言葉に、顔を真っ赤に染めるしかないスターチは瞬時にライラから後ずさった。
確かに気がないといえば嘘になってしまうだろう。
色恋沙汰に不慣れであり、それどころか見知った仲間たち全員の前でというのは尚更抵抗がある。
それでも自らを落ち着かせようと、そして精一杯の言い訳を紡ぐことで理性を必死に保とうとした。
「…本人の意思を無視するわけにもいきません。それにそんなことを流れで軽々しくやるのもライラに失礼です」
「でもしなかったらしなかったで一生起きないのかもしれないよ?あたしは嫌だな~、そんなの」
「それともお前はいつ起きるとも分からない仲間をベッドに寝かせたままにしておく気か?俺が知ってるスターチはもっとクールで思いやりのある男だったぜ」
徐々に2人の勇者に壁まで追いつめられ、このような事態に陥らせたリッチに恨めしそうな視線を送る。
だが彼は彼で妻の相手に手一杯であり、左右に揺すられながら接吻を決してしないよう誓いを立てさせられている最中だった。
その様子にため息を吐き、視線を戻すと先程以上にカンナたちは距離を詰めていた。
硬い壁の感触が背中に伝わり、それ以上下がる事ができない事実にスターチは目を静かに閉じる。
彼女との恋愛感情はともかく、今は仲間を助けることが最優先。それに方法がどうあれ、他に方法が思いつかないのであれば仕方がない。
そう、これは人命救助のために行う人工呼吸と同じ。
何度も頭の中で理屈を反芻し、気持ちを落ち着かせるために一息大きく吸うと目を開いた。
その迫力に思わず2人は左右に除け、眠り姫へと一直線に向かう道が出来る。
早足でベッドへ向かい、彼女の傍に立つともう1度息を吐く。
彼女に負担をかけまいと恐る恐る手を枕元に置き、少しずつ顔を近づけていった。
長い睫毛に潤った唇、ここまで接近したのは前世を含めても初めての経験だと唾を飲み込む。
食い入るように見守るギャラリーの存在も忘れ、少しずつ顔を近づける。
「…うわぁ」
カンナが両の頬を手で押さえ、自分のことのように奇声をあげた。
残る男2人もまた食い入るように見つめ、より正確に全体像を把握するために巧みに姿勢を変える。
2人の唇はぴったりと密着し、互いに目を閉じた姿は物語のソレそのものであった。
もっとも王子役の男が身を包むローブは、むしろ王女役を眠らせた張本人のように見えなくもなかったが。
それぞれが思い思いに事の成り行きを見つめ、やがてゆっくりとスターチが離れると眠り姫を静かに見下ろした。
…起きない。
所詮は夢物語だったのか。
つい子供染みた賭けに出てしまったことに羞恥を覚えつつ、彼女の手を強く握りしめる。
「…んっ、痛……い」
しかし不意にライラが目を強く閉じ、肩を震わせるとスターチは慌てて手を緩めた。
彼女の声はごく小さなものであったが、静寂に包まれていた寝室に響き渡るには十分なものであった。
「「「ライラ!!」」」
弾けたように飛び出したレオル、カンナ、そしてガイアの3人が彼女の元に詰め寄ると満面の笑みを浮かべて次々と手を取る。
目覚めて突然の光景に、ライラは戸惑う事しかできなかったがそれでも1つの事柄が真っ先に浮上した。
「スターチ…スターチさんはどちらに?」
 




