155.戦痕の眠り姫
あけましておめでとうございます。
今年も本作「UNDEAD」を宜しくお願い致します。
カンパネリ王国軍が国へと引き上げ、ヴァルマ王子との交渉をハノワに任せた頃に遠くから2つの軍旗が視認された。
1つはレオルの生まれ故郷たるクレセント、そしてもう1つは蒼い鳥の伝説をいまだ継承するカンジュラのもの。
何事かと考える暇もなく、2頭の馬が群衆から駆けるとそこには見覚えのある姿があった。
「リッチ殿!無事であったか!?」
「我らファムォーラの同盟軍として報を聞きつけてすぐ参った!…つもりだったですが」
軍備を整え、迅速に駆けつけたがその頃には決着がすでについていた。
王エファルト、そして王女シィラは申し訳なさそうに遅れたことを詫びていたが決して弾劾されることはなかった。
言葉に出したわけでもなく、署名したわけでもない。それでも1都市としてファムォーラを認識し、危険も顧みずに救援を自ら率いたことに感謝しか述べることができなかった。
2人に事態が収容しこと、後日必ず礼をすることを告げると彼らは笑顔を取り戻して軍旗を高らかに掲げたままそれぞれの国へと帰っていく。
彼らを見送り、その場からリッチは姿を消すと応接間へと移動する。
そこにはいつものお茶菓子が置かれておらず、代わりにファムォーラを動かす主要人物たちが首を垂れて立っていた。
勇者一行はいまだに意識を取り戻すことなく眠り続けるライラの看病に寝室へと集まり、アウラもまた彼らに付き添っている。
よって応接間に集ったのは、招かれざる客人たちの対応をした面々であった。
先の戦で敗北を喫したリロを含め、全員がバツが悪そうに俯いている。
その様子に頭を掻き、気怠そうに城主は口を開く。
「…それは確かに容赦をするな、とは命じたよ?」
幾度となく存在を感知し、しかし決して明確に視認されることがない敵に手が出せないでいた。
それでも侵入だけは退け続けたため、業を煮やして必ず強硬手段に出るであろうことは予想していた。
そして思ったよりも早くに動きがあった。
カンパネリ王国軍の侵攻。
盛大な囮が用意されたことを見抜き、ファムォーラを守護するよう応接間のメンバーには入念に忠告した。
忠告はしたが……
「まさか生き残りが1人もいないとは…ね」
サンルナー教の本部は出身者のグレンですら知らされておらず、戦乱を起こす元凶を攻め込むには都市に侵入するであろう敵の暗殺部隊から情報を仕入れるしかないと考えていた。
再び守護者の面々に視線を移すも、各々が侵入者を始末してしまっていたことを報告する。
もちろん彼ら以外のアンデッドな部下の活躍もあったことは後追いで知るに至ったが、いずれの侵入者もアンデッド化が出来るまでの原型を留めていない。
生者にしろ、死者にしろ、情報を聞き出すことができない事態に頭を掻くこと他なかった。
その様子におそるおそる顔を上げ、リウムが静かに口を開く。
「…ごめんなさい…あと床にもおっきな穴、開けちゃって……ごめんなさい」
「「ごめんなさい」」
「我が主の意図も汲めず、大変申し訳ありませんでした…私はダメな妖精です」
「…申し訳ありません。少々気の毒だとは思ったのですが、サンルナー教に身を置いた者としてどうしても…感情的になってしまって」
「我が主!!1番の眷属でありながら!1度ならず、2度も御身の前で醜態を晒したことっ、お詫びのしようもありませぬ!!」
次々と謝罪の言葉が飛び交い、終いにはリロが泣きながら土下座をする始末であったがひとまず彼らを落ち着かせることを優先する。
怒っているわけでもなく、むしろ強敵相手に良くやったと労いをかけるとようやく一同は安堵の表情を浮かべた。
いまだに頭を上げることを拒むリロを立ち上げるのに苦労をしたが、情報源は完全に途絶えたわけではない。
それぞれに普段通りの生活に戻るよう伝えたのち、彼は休むことなくすぐさま転移した。
「…あっリッチ、お疲れ様」
寝室に到着し、不死王の存在に素早く気付いたアウラの反応によって全員が一斉に振り向く。
様子はどうか、と聞くまでもなくベッドに横たわる少女はいまだに目を瞑ったまま起き上がる気配はない。
彼女を囲む者たちもそれを察してか、それ以上言葉を紡ぐこともなく視線をライラに戻す。
ふわりと眠れる勇者の傍まで浮遊し、アウラの隣に居座ると再び口を開いた。
「歌でもダメだったわ」
「会った時には目が逝ってたからね。そう簡単にはいかんでしょ」
「頭叩けば目を覚ますかしら?」
「んー…厳しいんじゃないかな」
「…お2人とも、真面目に考えてください」
ギロリと睨みつけてくるスターチの視線にロード夫妻は互いに顔を見合わせ、しかし全く反省していない様子にため息をわざとらしく吐くとライラの額を撫で始める。
魔法を使えながら、今の自分には彼女にしてやれることは何もない。戦闘でしか役に立たない自らの無力さを噛み締め、ひたすら目を覚ましてくれと念じ続ける。
1人は眠り、1人は悔恨の表情を浮かべていることにその場にいる者たちは言葉を発することも出来ず、眠り姫をただ眺めることしか出来なかった。
やがて重い沈黙が流れるも、唯一リッチに熱烈な視線を向けていたアウラの気配によって不死王もまた別格の気まずさを感じていた。
何とかならないのかと、いままでも度々かけられてきた無言の重圧にしばらく耐えていたが、裾を握る感触が伝わると同時に反射的に言葉を発してしまう。
「き、キスをすればいいんじゃないかなっ!?」
 




