152.王城攻略 - 中層Ⅳ
彼女たちはどこへ消えたのか。
壁を離れ、警戒しながら[台風の目]であった場所へと近付いて行く。
地面には美しい羽根や生々しい血痕が残り、先程勝利した戦闘が幻ではないことを示唆する。
では死体はどこへ消えたのか。
…風と化してこの世から去ったと考えてもいいのかもしれない。
ハーピーを始末したのは初めてだが、魔物の中には死体を残さない物もいるのかもしれない。
新たな発見と情報の収穫、そして一段落ついたことにようやくため息を吐く。
苦戦はしなかったが、それでも敵地での油断は死に直結すると改めて自分に言い聞かせると忌々しそうに擦り切れたローブ、そして身体中に刺さる羽根を睨みつける。
これさえなければもっと胸を張って隊長、しいては本部に報告することもできたろうに。
予想以上に鋭利な羽根を抜いていき、抜くたびに痛みが走るも順調に地面にふわりと落下していく。
あともう少し、それだけを考えながら作業を進めていると耳元に甘ったるいそよ風が吹いた。
「……あ~あ、せっかく綺麗だったのになぁ…もったいない」
ー聞き覚えのある声
反射的に作業を止めると甘い風を避けるように地面を転がり、縋る様に聖剣を拾い上げる。
立ち上がると壁に背を付け、素早く周囲を見回す。
自分以外は誰もいないはず。そう思うも、部屋へ侵入した際の記憶から即座に頭上を見上げた。
くすくすくすっ
暗闇の中に潜む3体の魔物。
自らが負傷していることを除けば、最初と全く同じ状況。
目を凝らせば彼女たちには一切傷ついておらず、自分の傷だけが残っている悪夢を見ているようで表情が凍る。
しかし侵入者の心境を知ってか知らずか、彼女たちはお構いなしに談笑を始めた。
「…わざと負けるの~もうやりたくないよ~」
「えー、新鮮で楽しかったじゃん!それにひーろーは1回負けてから敵を倒すんだって勇者のお兄ちゃん言ってた」
「わざと、やられる、ムカツク、痛い、最後」
「んー…確かにムカついたよね」
一斉に視線が侵入者へと注がれ、その瞳からは最初に出会った頃と全く違う意味合いのものが感じ取られた。
明確な殺意、遊びはおしまい。
室内に満たされる感情が流れ込み、思わず喉を鳴らした。聖剣が滑り落ちてしまうほど手汗が流れ、不安と相まって柄がより強く握りしめられる。
だが決意とは裏腹に本能が逃げるよう警鐘を鳴らし、無意識のうちに身体は大穴へと向かっていた。
仲間との合流、本部への報告。
脳内に流れる命令を機械の如く忠実にこなし、光と救いを求めて左手が外の世界に伸ばされた時だった。
「ぐわぁぁぁああっ!!」
去り際に彼女たちを覆っていた暴風が巻き起こり、伸ばしていた腕が瞬く間に引きちぎられる。飛び散った鮮血、さらには侵入者の悲鳴すら吸い込む凶暴さに後ずさるしかない。
しかし強烈な風の音が耳元から離れないことに違和感を感じると咄嗟に背後を振り返り、そして逃げ場を失ったことに気付く。
侵入者を中心として台風が室内で発生し、殺意に満ちた風の壁が退路を絶っていた。
囲まれたのならば頭上に逃げるしかない。自然とその考えが浮かび、すぐさま天井を見上げる。
「だーめ。逃がさないよ?」
いつの間にか3体のハーピーが屍に群がる鳥のように頭上を舞い、次から次へと起きる不可解な戦闘模様に思案に耽るしかなかった。
どうすれば逃げることが出来るか、聖剣はまるで効いていない。取引を持ちかけるか、それだけの知能を有しているのか。
それが仮面を張り付けた彼女の最期の思考となった。
3体のハーピーが宙を高速で回転し始め、やがて侵入者を覆う壁とは別格の、一際濃い層の竜巻がハーピーたちの中心に作り上げられると着地場所を求める鋭利な矛先が彼女の頭部に狙いを定めた。
轟音。
ロザリオの爆破すら上回る破壊音が全てを飲み込み、容赦なく侵入者を抉っていく風の隊列は地面に亀裂を走らせる。
そして耐え切れなくなったのか、床が崩れる音すら飲み込んだ竜巻はさらに下層へと流れ込んで行った。
生命の気配は探知できない。もっとも、侵入者が細切れになる様子をこの目で見ていたから探知できるはずもない。
床に開いた新たな大穴を眺め、オモチャを失くしたかのように名残惜しそうに宙に浮遊する3人のハーピーの姿があった。
やがてリウムが何かを忘れている気がしてならず、首を180度近く傾けることで忘れている事柄を思い出す。
「…あ、技名言うの忘れてた」
「名前、あった、の?」
「そういえば~技名って~タイミング分からないよね~」
「今度勇者のお兄ちゃんに聞いてみるよ」
「それ、より、床の、穴」
「「……あ゛っ」」
改めて地面の大穴に視線を向ける。抉られた穴は下層まで届いており、父親には地下には行かないように厳重に注意されている。
加えてこの部屋は家族全員の寝床。どうしたものかと、各自が最良の回答を模索する。
…しかし心地よい睡魔が3人の間を漂い、少しずつ考える力を削り取っていく。
「…ま~仕方ないんじゃないかな~」
「…そうだよね、お父さんにも手加減するなって言われてるし…仕方ない、よね」
「それに、傷、癒えて……な、い」
気怠そうに身体を眺めた先は、侵入者に斬られた傷口。いまだに羽毛に血が付着しており、表面上は回復しているように見える。
だが実際に傷は深く残っており、かろうじて眠気を妨げている要因ともなっていた。
ズキズキと痛む傷口を我慢し、今は眠気に全てを委ねようと互いに意思を疎通させるとゆっくり寝床へと飛ぶ。
とにかく今は寝よう。傷はクルスに直してもらい、侵入者を撃退したことをみんなに褒めてもらおう。
無邪気な笑い声を小さく鳴らし、何事もなかったかのようにベッドに集まると風で乱れたシーツを整えた。そして彼女たちは身を寄せ合うと静かに目を閉じ、やがて可愛らしい寝息が室内に流れる。
唯一の目撃者がこの世から消え去り、王城の一室で巻き起こった嵐が去った後の静けさを知る者は誰もいなかった。




