150.王城攻略 - 中層Ⅱ
城内に木霊した轟音が静まり返った時、本来あるべき屍となった化物は地面に横たわっていた。体積を半分以上も失い、今もなお煙を上げている姿を見下ろす。
真横。
唯一の死角にロザリオを放るとその存在に気付かれないようすぐさま背後の面に姿を現し、迎撃する間もなくやがて想定した未来が訪れた。
ただそれだけのこと。
ピクリとも動かなくなった化物を鼻で笑い、敵勢力の情報と鬱憤を予定通り晴らせたことに満足すると武器を鞘に納める。
副隊長が通って行った扉へ振り返るも、部屋の反対側まで移動しなければならないことにため息を吐く。それだけ周囲に気を配る余裕がなく、普段であれば出入口のすぐそばで戦闘を終えるように効率的な行動を心掛けていた。
だが化物相手ではこれも仕方がないともう1度ため息を吐き、数歩足を前に進める。しかし不意に眩暈を覚えると地面に倒れ込みそうになり、手を突き出すことで衝突を辛うじて免れた。
それほど消耗が激しかったのか、隊長に任命されて初めての体験に疑問を覚えながら立ち上がろうとする。
…足。
………足?
腰から下に一切力が入らないどころか、足があるべき場所に感覚がない。身体を起こし、己の下半身へと視線を向ける。
足はしっかりと確認することができた。失ったものはなにもない、しかし増えたものがあった。
腹部から不自然に突き出る突起。その周囲からは赤い液体が染みだし、その光景に唖然としながら背中をゆっくり振り返る。
柄、それも数々の修羅場で見慣れた剣の柄。それが身体に深々と刺さっていることに気付き、剣が飛んできたであろう方向に視線を向ける。
そこには完全な屍と化したはずの化物が残った半身を起こし、弓を侵入者へと向けていた。腰に差していた矢筒が消し飛んだため、代わりに床に転がる剣を矢として撃ち込んでいたことが分かる。
それも最悪なことに、初弾が脊髄を貫いたことで下半身が完全に機能しなくなっていた。
自らの油断と忌々しいアンデッドの反撃に唇をかみ切り、苦し紛れに直剣を引き抜こうとする。しかしすでに次弾を装填したアンデッドは剣を放ち、侵入者の肩を貫いた。
「うぐっ!」
頭部を正確に狙う軌道に気付き、咄嗟に避けようとしたが腹部の痛みと異物の存在、下半身が重しとなって思ったような回避行動はとれない。
それでも肩を貫かれるだけの被害で収め、新たな激痛と片腕を封印されてしまったことに顔をしかめる。再び弦が弾かれる音を耳にした時、片腕で勢いよく身体を飛ばすと先程まで倒れていた場所に剣が石礫を巻き上げながら突き刺さった。
床に突き刺さる剣。獲物を仕留めことは出来なかったが、切っ先の下は先程までいた者の赤い液体がべったりと付着している。その光景に改めて自身の出血の激しさを認識するも、着地した際に剣がさらに深く刺さってしまった痛みに身体が一瞬硬直した。
ドスッ
その一瞬の隙を突かれ、新たな剣がわき腹を貫いた。勢いよく吐血するも、もはや障害でしかない仮面を鬱陶しそうに引き剥がす。
10人に10人の男が振り返るであろう美女の素顔は血で染められ、3本の剣が身体に収められているのはあまりにも異様な光景。だが彼女は歯を食いしばり、慣れない手つきで無事な腕で聖剣を引き抜こうとするも、痛みに一瞬動きが止まる。しかし痛みを振り切ると一気に剣を抜きだし、仰向けになるとアンデッド目掛けて投擲した。
「……あ…あ、あっ…」
手が宙に放り投げられ、聖剣を手放したと同時に撃たれた剣が眉間を貫く。勢いよく噴き出す血液にもはや手で覆う事すらままならない。
徐々に意識が薄れ、それでも強靭な意思でアンデッドの姿を視認する。
瞼を閉じずとも血で視界が完全に遮られてしまい、もはや手で拭う力すら残されていなかった。しかし最後の最期に見た一瞬の景色。
アンデッドの頭部を2つとも貫き、聖剣の加護によって業火を勢いよく上げるソレは抵抗する間もなくただの焚火と化していた。
あの化物、明らかにアンデッドの親玉とも言えるべき実力。それを倒せれば部下の調査も格段に難易度が下がるはず。満足感を覚えながらも笑みを浮かべることは出来ず、部下が忠実に任務を終えることだけを望みながら彼女は静かに思考を休ませることにした。




