149.王城攻略 - 中層
~斥候;中層~
仲間と別れ、慎重に広大な廊下を地道に進んでいくが調度品が一切置かれていないことから隠れる場所が見当たらない。敵と遭遇すれば確実に鉢合わせすることは必須であるが、
斥候を取り仕切る隊長と副隊長である両名にとって例え相手が騎士団であろうと遅れをとるつもりはなかった。
王城の中でもっとも領域を有する中層を2人で速やかに確認し、残る部下たちの応援に行く。
単純だが、現状で考えうる効率的な戦略に疾風の如く部屋を覗いて回る。しかし数々の扉を開き、最初の数室ですぐに王城の異常さに気付く。
「…一体何なんだ」
王が君臨しているならばその偉大さを誇張するために豪華に着飾るはずであるが、現在潜入している[廃墟]は伽藍の洞そのものであった。しかし敷かれている豪華な絨毯の上には埃が積もっておらず、それだけが人の出入りがあったことを証明していた。生活の痕跡が一切残されていない不自然さに、思わず眉を吊り上げる。
それでも任務に集中すべきと一抹の疑問を振り払うとさらに歩調を速める。例え何であれ、情報として本部へ報告することに徹するのみ。
延々と続くように思えた廊下であったが、所詮は人間が作った王城。
やがて巨大な扉に辿り着き、素早く身を寄せると聞き耳をたてる。中から物音1つしないことを確認すると躊躇なく扉を開き、先程の何もない廊下の次は何もない広い空間に出た。
構造から察するに、貴族を招待して舞踏会でも開かれていたのだろうがそのような華麗さはどこにも残されていない。ここまでの調査は報告にすら値せず、あまりの手応えのなさに唇を軽く噛み締める。せめて部下たちの任務がうまくいっていることを祈りつつ、副隊長とともに悠然と広間へ足を進める。
「…上だっ!」
咄嗟に左右へ飛び退くと上空から矢が雨のように降り注ぐ。魔力で生成されたものであることは一目で分かったが、問題はそこではない。隊長格の証たる長剣を引き抜き、頭上を見上げた。
あれだけの矢の数、天井にどれだけの数の警護が潜んでいるのか確認する。
日の光が差し込まないことで室内は闇に包まれてはいたが、隠密としての訓練の成果によって3名の敵影を視認した。6本の腕、6本の脚。シャンデリアの上からこちらの出方を窺うように制止し、僅かな揺れから奇襲に失敗したことに動じていないことが分かる。
2対3。それでもまだこちら側が有利だと、仮面の下で柄にもなくほくそ笑むが視線はいまだに頭上に固定されている。やがて姿勢を変えることなく、同じく敵影を警戒していた隊長が声をあげる。
「先に行け。アレらは私1人で十分だ」
「…よろしいのですか?」
その問いへの返答は無言で返され、しばらく隊長を眺めていたが一言も発さずに向かいの扉へと走り去っていく。
扉の小さな開閉音、そして気配が広間から完全に消えたことを確認したように襲撃者の乗るシャンデリアが軋み始める。
降りてくるのか、そう思いながら切っ先をゆっくりと天井に向け、いつでも挑戦を受ける意思を表明した。やがて通じたのか、シャンデリアが左右に大きく揺れ出すと勢いよく襲撃者が床へ飛び降りる。
ーー1人で十分
重い足音を唸らせ、目の前に降り立ったその物体に先程の言葉を放ったことを後悔する。余裕の笑みが消え、思わず身体を硬直させると斥候としての任務も忘れて下から上までまじまじと観察していた。
6つの腕が2対、2本の脚も2対。歩兵の軽装を纏った、計16本の手足を生やした化物の姿。
片面は剣を全ての腕に持ち、片面は弓を2本に残る腕で矢を握りしめている。どちらが前面かは判明しないが、少なくとも襲撃者が弓矢の面であったことは理解できる。
しかし調査への手応えのなさへの鬱憤晴らし、なおかつ効率よく進行するために1人でこの事態を収拾すると言い切ってしまった。まさかの大物を自らが引いてしまったことに半笑いを浮かべ、武器を構えなおす。
言葉を発しようとした瞬間、一気に間合いを詰められると反射的に直剣で相手の連撃を受け止める。一撃の重さに耐え、それでいて長期の戦いに備えて可能な限り剣戟を華麗に避けていく。
息を乱すことなく、冷静に化物に対応していくが互いに一向に負傷する気配はない。前面の剣戟を躱し、背後に回れば矢の嵐。しかし頭上に振り下ろされた一撃によって距離を取ると矢を撃ち込まれ、段差の上に立つ唯一の装飾品たる玉座の背後に隠れると敵の連撃が止まる。
「…大分見えてきたな」
ようやく一息ついたところで刃こぼれがないか確認し、先程の目にも止まらない剣戟を脳内で再生する。敵を観察し続け、鉄壁とも思える攻防にようやく攻略の糸口が見えてきた。
剣を振るうアンデッド。軽く触れるだけでローブが切り裂かれていく切れ味が6本も襲ってくるも、一撃を受け止めないよう斬撃を逸らしていけば対処はできる。
矢を放つアンデッド。左右の腰に差される矢筒から矢を引き抜かれているが一向に減る様子もなく、半透明の矢から魔素で形成されたものであることが分かる……そして何よりも厄介な存在であった。
離れていれば射撃されるのは勿論、接近すれば両刃を備えた弓に襲われる。矢に至っては装填せずにナイフの如く振りかぶり、一切の隙を見せることが許されない。すり抜ければ見えていないはずの側に迷わず迎撃され、互いに視界を共有していることまで分かった。
距離を取らず、なおかつ剣を装備する面のみとの戦闘に集中すれば問題はない。
未来図を描き、自らの勝利を肯定すると風を切る音が耳に入る。咄嗟に玉座の影を離れ、無数の矢が突き刺さる音を背後に置き去りにするとすぐさま化物に接近する。
再び剣同士が火花を散らし、豪速の斬り合いに発展するが剣を振るうアンデッドとの接戦がもっとも無難な時間稼ぎ。確かに正面も背後も鉄壁の防御を誇っている……しかしっ
横薙ぎに振るわれる一撃を潜り、低姿勢のまま転がるように脇へと移動した。
敵の背後に回るような行動を起こした時、背後を担当する面が迎撃のために対応する。無駄のない動きに遠距離、近距離全てに対応できる恐ろしい敵。
だが、完全な360度の防御力を誇っているわけではない。
すり抜ける際、一瞬だけ化物の横面が無防備になる。そして視界にすら捉われない速度ですり抜け、矢を放つアンデッドが侵入者が転がった先に弓を構えた。
だが矢は解き放たれることはなく、目を覆う光が化物の真横で輝きを増すと轟音が広間全体を震わせた。
 




