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144.6本腕の巨漢

 森がざわめく一方、街の路地を流れる4つの影があった。


 いつでも隠れられるよう細心の注意を払いつつ、やがて無人の市街に躍り出る4人の黒装束。建物の中から複数の気配を感じるが、外に出てくる様子はない。それでいて外観は廃墟そのものである古都ファムォーラに、留まることのない不気味さを感じていた。

 初めて体感する現場に足を進めることも億劫になるが、任務遂行のために歩みを止めることはない。


 地形を把握し、次の偵察や攻め込む際に自軍を有利に進めるべく完全に記憶しなければならない。

 足音を殺しながら全ての視覚情報を脳に送り込もうとするが、不意に聞こえる複数の足音にそれぞれが瞬時に物の陰に身を潜める。遅く、しかし確かな足取りで斥候の元に近付いて来ると建物の角から足音の正体が姿を現す。



ーーアンデッド。



 それもただのアンデッドではなく、それぞれが統一性のない装飾品を身に付けている。ただの飾りとして機能しているものもあれば、儀礼用として殺傷能力を有した物まで所持している。事前に受けた報告にもあったが、何もなければ歩くカカシ程度の認識で済んだであろう事柄。



 しかし今は侵入者として都市に潜り込んでいる。



 彼らの視線は定まることはなく、不規則に宙を眺めているだけ。しかしその足取りは真っ直ぐ侵入者が隠れ潜む物陰に向かっており、完全に姿を隠しているにも関わらず手斧が振り上げられる。



「…チッ!」



 舌打ちとともに1人の斥候がアンデッドの首を斬り落とし、道を走っていく。その後を追いかけるアンデッドたちは他にも隠れ潜んでいる斥候たちの場所へ武器を振りかざしながら駆け寄り、最初の斥候に倣ってそれぞれがアンデッドをすり抜けて散開する。



 空はまだ明るく、いまだ城壁の外では戦場の音が鳴り響く。



 その全てから隔絶されたように、住民ですら知りえない古都ファムォーラの恐怖が始まろうとしていた。








 ~斥候A~



「くそっ!」



 背後から迫る足音を出し抜き、それでも都市の観察をやめることなく毒づく。1つ悪いことが起きれば必ず連鎖して悪いことが起きる。過去の経験から得た知識が如実のその事実を物語っており、さらにこの地はアンデッドが支配し、徘徊する街。

 すでに最悪のシナリオを浮かべながら忠実に任務をこなしていくが、いままでもこのような状況下に陥ろうと必ず生還してきた。今回もきっとうまくいく、可能な限り楽観的に考えるが不満が口からどうしても漏れ続ける。


 気付けば背後からの気配はなく、徐々に失速していくと軽く息継ぎをしながら背後を振り返る。直感通り敵はおらず、ほっと一息つくが仲間と逸れてしまったことに再び舌打つ。


 元来た道を戻るわけにも行かず、周囲を見回せば相変わらず廃墟同然の家々が立ち並ぶばかり。中には人の気配があり、少なくともまだ住居区にいることは理解できた。他の面々がうまくやっていることを祈りながら次の行動を検討する。

 このまま独自に調査するべきか、それとも散った仲間と合流するべきか。前者は生き残る分には問題ない、しかし前回は仲間が半殺しの目にあった。後者は反吐が出るが見捨てるつもりもない。一匹狼を気取っていまだに甘ちゃんな判断しかできない自身を嘲笑し、血路を開くために元来た道を引き返そうとする。



「なんだ!?」


 しかし地響きを感じ、足元がおぼつかなると同時に地面を突き抜けた物によって乱暴に足を掴まれる。骨が押し潰されていく音に苦痛を感じる暇もなく、逆さ吊りにされるとその正体を視界に捉える。



 全身を鎧と呼んでいいのか分からない鉄の塊で覆われ、人間の3倍の大きさを有する巨体から生える凶悪な腕も6本生やしていることから人ならざる存在であることは容易に想像できる。何よりも兜として機能している鉄塊には人の笑顔が彫られており、この異形の主の趣味の悪さが窺えた。


 仮面の下で苦笑いを浮かべ、この窮地をどう脱するか考える間もなく鎧の絶妙な隙間を狙ってダガーを投擲する。足の痛みも忘れ、無心に投げ続けていると次々と敵の急所に刺さっていく。まるで良い的のように喉、関節と刺さっていき、あともう少しすれば脱出できるビジョンが目に浮かんだ。

 もっとも足が潰れているために早い移動は出来ないだろうが…



 そろそろ狙える部位がなくなり、不意に投擲し続けていた手を止める。胸元からロザリオを取り出し、敵に向かって掲げる。


「我が御魂を守り給え!!」


 ロザリオが熱を帯びて発光すると同時に光の矢が飛び出し、鎧ともども相手の胸を貫通する。最終手段を使用させた相手に敬意を示しつつ足が離されるのを大人しく待つも、一向に現状が変化する様子はない。



 立ったまま死んでいるならいい。しかしいまだに足を握りしめる力は強く、そして1つの違和感を覚える。先程からいくら攻撃を受けようと微動だにせず、確実に致命傷を負っているはずなのに痛がる素振りも見せない。

 この都市の特性を考えればアンデッドの可能性が高いが、このような化物がかつて人としてこの世を闊歩していたというのか?やがて思考の海に没するとある答えが浮かび上がった。




ーーアンデッドを改造することができる。




 敵の力の秘密における重大な情報を手に入れたと確信するも、その情報が外部に漏れることは決してなかった。


 侵入者が動くことをやめたのを確認したのか、手持ち無沙汰であった腕が残る四肢へと伸ばされる。情報の整理に気を取られている隙にあっさり掴まれ、全てが片足と同様の運命を辿る。歯が折れるほど食いしばるが、直後に地面に思いっ切り叩きつけられた。


 その拍子に手足が軽く千切れ、辛うじて残った腕で身体を仰向けに倒す。



 ここまでされてなお決して悲鳴を上げず、相手の様子を見続けた。斥候として様々な拷問の訓練にも絶えた。敵も情報を欲しているはずであり、情報を入手できなければ敵も手を緩めるはず……

 しかしいつまで経っても尋問どころか、言葉を発する様子もない。



 仮面が半分砕け、よりはっきり見える視界には先程の巨漢が緩慢に近づいている様子が窺える。これから尋問をするのだろうか、それにしては随分痛めつけられたものだと引き攣った笑顔を見せる。


 巨漢は彼女の足元で止まり、6本の腕をゆっくりと頭上に持ち上げる。そして次に何が起こったのか理解する間もなく、勢いよく全ての腕が彼女の身体に振り下ろされる。

 拳をサンドバックのように地面に突きたて、響き渡る地響きが止み終わる頃には巨漢の姿はすでにソコにはなかった。



 代わりに舗装された地面は完全に陥没し、後には血溜まりと僅かな布きれが残されるばかりであった。

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