143.森の中の檻
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ーーはぁ、はぁ
あれからどれほど走っただろうか。目印の沿って走っているが一向に外に向かっている様子は見られない。いまだに空は森に覆われ、途中で何度もミノタウロスもどきの襲撃を受けたがその度にうまく躱してきた。
しかし体力が底を尽き始めた頃、ふと1つの見解に達する。
1人が背後を振り返ると同時に走りはじめ、突然のことであったがそのままパートナーも渋々仲間についていく。その視線は足元に向けられており、先程からつけている足跡を辿っているようにも見える。
不意に足を止めるとその場に佇み、2人とも荒い息を仮面の下で吐く。
「……どうか、したの、ですか」
「…どうやら罠に、嵌められたらしい」
都市に侵入し、初めて交わした会話。しかし出た言葉は絶望的なものであり、一瞬何を言っているのか理解できなかった。しかし不安を煽ったパートナーはなおも言葉を続ける。
「この森全てが我らの敵…なればこの大地も敵であり、我々がつけた目印も奴らの手中にある」
淡々と今ある現状を告げられるもいまだ理解できず、何故か地面をジッと見つめている仲間の視線に合わせて地面を見下ろす。そしてようやくその言葉が何を意味するのか飲み込み、完全に森の中に閉じ込められたことを悟る
枝に括った目印の他に足跡をわざと残していたはずが、走った道のりには何も残されていなかった。まるで最初から何もなかったように消えており、最悪の事態を思い浮かべていると変化が起きる。
我々がつけた目印も奴らの手中にある、その言葉を証明、またはおちょくるかのように2人の足元に無数の足跡が次々と大地に出現した。。さらに木々がざわめき始め、いままでつけてきた目印をつけた枝が続々と2人の前に突き出される。
その光景に言葉を失い、呆然としていると再び見覚えのある人物が姿を現す。
光の玉を追撃した際に確かに仕留めたはずの妖精が、何事もなかったかのように2人の前を浮いていた。明らかに侵入者と視線が合っているがに前回の仕打ちを気にする素振りもなく、微笑ましい笑顔を作ると優しく語り掛ける。
「侵入者のお二方、我が主の庭へようこそお越しくださいました」
「…何者だ」
「我が偉大なる主の眷属が1人であり……そして貴方たちの終わりを務める者でございます」
不敵な笑みを浮かべ、言い終わると同時に再びダガーを彼女に向けて投擲する。しかし木から瞬時に生えたミノタウロスによって塞がれ、それを機に次々とミノタウロスや光の玉、さらに木の根が出現することで先程の悪夢が眼前に広がっていく。
完全に包囲されたために活路を見出せず、武器を構えると互いに背中を合わせる。徐々に脅威が迫っていく中、先に森の悪夢に気付いた片割れが仲間に耳打ちする。
「…私が活路を開く、お前はそこを走り抜けるんだ。いかに森が道を変えようと真っ直ぐ進めばいずれは出られるはずだ」
「し、しかしっ!」
「我らの任務は情報を入手し、伝えること。くれぐれも忘れるな」
そう言い終わると同時にパートナーに返事をする暇も与えず、目の前のミノタウロスに真っ直ぐ突撃する。それを迎撃しようと重々しく棍棒を振り上げ、一撃で葬り去ろうと言わんばかりに振り下ろす。だが空中で華麗に避けるとミノタウロスの首をあっという間に斬り落とした。
しかしその身体はすでに疲弊し、首を失ったミノタウロスもどきによってあっさりと空中で掴まれてしまう。
「今だ!行けーーーーっ!!」
仲間の決死の叫び声とともに振り返ることなく、最後の気力を振り絞って首なしをすり抜けると再び先の見えない森の中を走り抜けていく。仮面の下からとめどなく流れる涙を流しつつ、必ず森を出ることを誓ってひたすら走り続けた。
ーーはぁ、はぁ
仲間を犠牲に走り続けた足が限界に達し、ついにその場にへたり込む。暑苦しい仮面を脱ぎ捨て、フードを脱ぐとふわりとした茶色の髪が姿を現した。女であることを捨て、諜報活動に身を捧げた自分がまだ涙を流すことが出来たことに嘲笑し、いまだに周囲を囲む森をぐるっと見回す。
結局抜け出すことは叶わず、空を見上げても相変わらず森が鬱蒼と生い茂っている。
「最後にもう1度だけ、空を見たかったな…」
呟くように吐き捨て、もはや感情を制御できなくなった彼女の目からはとめどなく涙が溢れていた。そのせいで視界がぼやけ、精鋭たる自分が何をしているのか再び嘲笑しようとする。
しかし先程まで自分1人であった空間の中、不意に耳元に囁かれる声に背筋が凍りつく。
「どちらへ行かれるのですか…侵入者様?」
反射的にダガーを振り回し、背後にいるはずの存在を斬り付けるがそこには何もない。目元を拭い、肉体に鞭を打って立ち上がると先程の妖精が目の前に浮かび上がる。その表情はいたって穏やかなものであり、それが逆に彼女の恐怖を刺激していた。
しかしその様子を気にすることもなく、言葉を投げかける。
「何をもって我が主の庭を[真っ直ぐ]走るのか疑問に思っておりましたが、やはり人間とは脆いものですね……あ、もちろん我が主のご子息は違いますよっ?!…コホンッ、しかし今回はこのような出来損ないをもって歓迎することになったこと、心より深くお詫び申し上げます」
「…出来、損、ない?」
「あのミノタウロス、かつての我が主の縄張りを荒らしていた不届き者のことですよ。我が主の存在により近付くために御業を模倣したのですが所詮は真似事……そしてこれは同時に我が主に対する冒涜的な行為。決して許されるものではありません」
言い終わると同時に妖精の背後から木が割れる音が響き、やがてミノタウロスと同様に木で模られた物が出現する。
しかしそこには化物ではなく、見覚えのある、もっと身近な者の姿だった。
「……先輩…」
自らを犠牲に彼女に活路を与え、その後のことは考えないようにしていた。しかし目の前のその光景は彼女のもっとも想像したくなかった結末を脳に焼き付け、身体中から力が抜けるのが感じ取れた。
[先輩]を模倣した物はゆっくりとした足取りで彼女に近付き、その手には妖精を串刺しにしたダガーがしっかりと握りこまれている。
「このことは決して我が主や奥様、それにお2人のご家族には知られたくない事実なのですよ…」
しかしすでに妖精の言葉は耳に入って来ず、一歩一歩ゆっくり彼女に向かってくるかつての仲間の姿に意識を全て持ってかれていた。気付けば地面にへたり込み、やがて彼女の前まで辿り着いた[先輩]は足を止める。その頭上にはダガーが高らかと掲げられ、木で模されたソレの目には何も宿していない。
どんな過酷な修行も任務も共にこなし、辛い時はいつも傍にいてくれたあの[先輩]が行うとは思えない行為。
「ですので決して他言はなさらないでくださいね……では、ご機嫌よう」
虫を潰すように躊躇なく振り下ろされた一撃は彼女の額を突き破り、全ての恐怖から解放されると同時に瞬く間に彼女たちは世界からその姿を消した。




