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139.終戦

「ぅわぁぁぁあああーーー!!」



 もはやこの地獄が何度目なのかすら覚えていない。

 醜悪な化物をこの世から消し去ろうと何度斬り刻もうとバラバラに崩れた腐肉は靄と共に消え去り、そして再び元の姿をとり戻して襲い掛かってくる。その度にその醜悪な口からは呪詛のように繰り返し、繰り返し父の咎が一帯に響く。



”…貴様!儂はカンパネリの王じゃぞ!?逆らわずに黙ってついてこい!”

”いやですっ、離してください!”

”お母さん連れてっちゃ嫌っ!!”

”ええーぃ、その娘も連れて行け!”

”…ははっ。王はその後どうなさるおつもりで?”

”ふん、もう少しこの馬鹿げた余興を見て回るつもりじゃ。そ奴らはいつものように儂の隠し部屋に繋いでおけぃ”


 何度も倒し、何度も声が再生される。

 [一騎打ち]の名目ではすでに勝利していると言っても過言ではない状況。しかし憔悴し切ったヴァルマは異議を唱えるだけの気力もない。やがて体力が尽き始め、かろうじて相手の足を切り落とすとかつて父だったものは腕だけでヴァルマを倒そうと彼の元へ這い寄っていく。その姿を直視する王子は片膝をつき、肩で何度も息をする。その目にはとめどなく涙が溢れていた。



「やめてくれ!!……もう、やめてくれ…」



 その声が戦場に響き渡ると彼を始末することだけを目的としていた、かつてのカンパネリの王の動きも呼応するようにピタリと止まった。戦場に似つかわしくない完全な静寂が周囲を包み込み、拷問のような忌まわしい声も、アンデッドと剣を交えていた兵たちの物音1つ聞こえない。あまりの静けさにようやく我を取り戻したヴァルマは思わず背後を振り返る。

 そこには大義を失い、兵士の姿をする烏合の衆が立ち並ぶばかりであった。その光景に唇を噛み締め、再度前方を向けば浅ましいかつて父であった物が項垂れている。その姿を呆然と眺め、やがて知らぬ間に出現していたアンデッドの王が視界の隅に入ったことですぐに視線を移した。勝ち誇った様子もなく、憮然とした態度で醜悪なアンデッドの傍を漂い始める。



「…降参するか?」


「…ああ」


「それで、今回のことはどう責任を取るつもりだい?」


「…私の命と引き換えでどうだ。そして我が国と兵には手出しをしないでほしい」




 互いに視線を交錯させ、空気の重さに固唾を飲む。

 その表情からは何を考えているのか汲み取ることは出来ず、時の流れが止まったと錯覚するほどに沈黙は長く続いた。ようやく口が開かれた時には不気味な笑顔を浮かべながらヴァルマを見下ろした。


「君の命はいらないし、後ろの軍隊と国にも手は出さない」


「…ほ、本当かっ!?」


「ただし!君の親父は返さんし、そちらの軍も回復し続けてたとはいえ死人が出たろう?ソイツらを貰い受ける」


「しかし遺族が……いや、わかった。言う通りにしよう」


「もし国交結びたきゃこれも何かの縁だ。ウチのハノワと話しなさい……それともう1つ」



 急速に王子の顔に接近したリッチに思わず退き、目を瞬かせて次の言葉を待つ。はっきり言ってしまえばここまでの条件は攻め込んだ国にとっては破格の申し入れ。その程度で済むとは奇跡かあるいは相手が無知であるかだが、先程の彼の様子からある1つの見解に達していた。

 目の前の化物にとって今回の侵略戦争は遊戯の域を出ていなかったのだと。



 新たな力を手に入れ、大儀も自らの側にあったというのにこの結果。歯を食いしばり、しかし敗者としてどうすることもできない歯がゆさにただ打ちひしがれるしかなかった。しかし殺気に満ちた声を交えた質問を浴びせられ、風前の灯にあったプライドもあっさりと崩壊した。




『その剣、それにあの聖女……ドコで手に入れた?』












「…ふん。まるで役に立たない男ですわね」


 醜悪なアンデッドとヴァルマが戦闘を続ける遥か後方、白い布を軽く羽織るだけの聖女を引き連れて撤退する1人の女騎士の姿があった。長髪を束ね、ファムォーラとは反対方向を颯爽と歩く姿は1枚の絵のようであったが、女の不機嫌な表情がそれを台無しにしていた。

 式典の拉致騒動によって多くの恨みを買い、しかし強大すぎるゆえに手をこまねくことしかできない国々の中でもっとも軍事力の高い王国をけしかけた。もっとも、拉致されるだけの低能な王や貴族の不在はそれぞれの国にとっては大いに喜ばれることにもなったが……



 あわよくば共倒れ、あるいは弱らせることが出来れば再び強襲をかけるのみと思っていた。当初はライラの力によって善戦しているようにも見えたが噂に聞く[不死王]のあの余裕を見る限り、恐らく勝つ見込みはほとんどなかっただろう。王子と軍隊の大儀を首尾よく崩し、いまや戦は彼の手の平の上。



 そして奴らは3つもの都市を滅ぼした魔王軍でさえ被害なく始末したと聞く。



「全く、聖女までかり出してこの結末。本部に何と報告すればよいやら…ま、私めの役割も終わりました、し…」




 苛立ちを隠せない女は一刻も早く歩き去ろうとするも、進行方向の茂みから立ち塞がる様に1人の男が飛び出たことで素早く剣を抜く。そしてローブを着ている男の姿を確認し、情報と合致する人物であると知ると思わずほくそ笑む。


「ライラを…返してもらいましょう!」


「元・勇者のスターチ殿、ですか」

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