136.カンパネリ王国軍
「我らカンパネリの名の下にーーっ!!」
「「「「「「おおおおぉぉぉぉおおおーーーーっっ!!!」」」」」」
古都ファムォーラに近付いて来る大軍。地鳴りを響かせ、時節鼓舞を上げながらと行軍を続ける。馬の蹄鉄の音、カタパルトの車輪が回る音。どれほど離れていようと戦場が徐々に近付いて来る音が大地を通して伝わってくる。
刻々と目的地へと向かい、やがて地平線の先に忌まわしき都市を視認するや一際大きな声が野原を響き渡る。
「よいか!奴らは我が父にして我が偉大なる国の王を卑劣な手段で呼び寄せ、そして捕えた!!決して奴らの行いを許してはならない!」
「「「「「「おおおおぉぉぉぉおおおーーーーっっ!!!」」」」」」
「奴らを打ち倒し、勝利と正義を我らの手に!我らには聖女がいる!!恐れるな!敵を滅ぼせ!慈悲をかけることなく、微塵に砕くのだ!!」
「「「「「「うううおおおおぉぉぉぉおおおーーーーっっ!!!」」」」」」
士気を最大限に上げ、武装した彼らは例え相手が誰であろうと決して恐れることはない。何故なら彼らの大将の背後、フードを目深く被りながら馬に跨る[聖女]によって彼らは祝福されているのだから。
魔城が目前に迫り、いよいよという時になってその前に立ちはだかる異形の集団を視界に捉えると思わず行軍が止まる。着用している装備に統一性がほとんど見られず、それでもかろうじて元は人間であったと思える出で立ちを残したアンデッドがひしめいていた。その様子を鼻から憤慨しながら息を吐き、獅子を模した兜を被った男が遠目から静かに眺めていた。
命なき軍団。シュエン王国を一夜とかからず滅ぼした猛威を風の噂で聞いていたが、見ているだけで反吐が出る思いがこみ上げてくるが弱気になっている場合ではない。[式典]と称して各国の有権者を捕えられた卑劣な策略を見過ごすわけにはいかず、かといって剣を交えて勝てるか分からない敵国。しかしふいに訪れた黒マントの人物によって大儀の在り処を問われ、心の迷いが晴れた。
悪を滅し、正義を貫く。
それこそが騎士として、カンパネリ王国の王子としての責務であると自らを奮い立たせると黒マントは決意への敬意を表して[聖女]を授けた。敵の邪な術に負けぬ力を手に入れ、すぐさま戦場に駆り立てると聖女のお守りのつもりか、黒マントの支援者までが行軍についてきた。
正義の遂行を掲げながらも何1つ見返りを求めないことを不思議に思いながらも、今も自らの少し後ろにぴったりとついてくる黒マントに感謝の意を表明する。
「其方の力添え、まことに大義であったぞ。おまけに聖女まで我らを祝福されるためにお呼び頂けるとは」
「いえいえ。正義の御旗は貴方様の元にありますので」
「そうか……おいっ、憎きアンデッドの将よ!我が名はヴァルマ=カンパネリ、私の声が聞こえるかっ!?」
地平線に轟く声を張り上げ、敵将の姿を待つ。しかしいつまで経っても姿を見せず、代わりにアンデッドの集団が波のように左右に避けるとその中央から騎士の姿が現れる。長い髪を揺らし、ランスを地面に突き立てると彼女もまた大声を張り上げる。
「私は我が主の眷属にして軍の指揮官リロ=ホウスナー!貴様らが何者であろうと我が主と敵対するならば容赦はせぬぞ!!」
「ほざけ!我が王を卑劣な手段で誘拐した貴様らアンデッドなど滅ぼしてくれる!!」
「ならば交渉は不成立だな!!」
「願ってもいない!行け兵士よ!!正義の鉄槌を下すのだ!」
「「「「「「うううおおおおぉぉぉぉおおおーーーーっっ!!!」」」」」」
糸が切れたように双方が互いに向かい合って行き、砂塵が舞おうと構わず剣を振りかざして草原を駆けていく。叫び声を上げる生者、無言で武器を掲げる死者。理を相反する者同士がやがて衝突する。
わーーーーー、わーーーー
カシャン! ガチャン!!
バタッ。
カチャン!
ヒュッ!
バリバリッ!!!
不死王にはなじみ深い、遥か昔に聞き覚えのある戦争音が草原を満たす。アンデッドを切り刻む者、切り刻まれる者。死者と生者の違いが分からなくなるほど入り乱れた状態であったが生者は決して倒れることがなく、むしろ死者が続々と倒れていく。リロもまた前線で武器を両手に次々と兵士を薙ぎ払っていくなか、ようやくその違和感に気付く。
致命傷を負ったはずの敵は倒れることがなく、防具は傷ついたままであったが注意深く観察していると傷がみるみる塞がっていく。一体何が起きているのか、一瞬混乱してしまうがランスを握りしめなおすことで気持ちを静める。例え敵がどのような者であろうと、彼女の役割は変わらない。倒れたアンデッドは不死王によって無限に召喚され、敵兵は倒れることなく武器をふるい続ける。その事実を前に、彼女には後退の2文字は消えうせていた。
「敵将の貴様!我が剣の錆にしてくれようぞ!!」
しかし突然敵軍の中から出現した青白い大剣がリロに振り下ろされ、不意を突かれた彼女もかろうじてその一撃を止める。
その瞬間、周囲のアンデッドが力なく倒れ、彼女もまた力が不自然に抜けていくのを感じる。それでも完全に地面に押し込まれる前にランスで大剣を逸らし、必死に自らを奮い立たせると距離をとって睨みつける。そこには黄金の鎧を身に纏い、先程の大剣を肩に乗せている若い青年の姿があった。
「ほ~、敵将なだけあって流石に一撃ではやられぬか…」
「…その剣、一体……」
「これは貴様らのような汚らわしいアンデッドを滅ぼすために聖女によって授けられた古の大剣!潔く死ぬが良い!!」
「望むところだ!」
互いに飛び掛かっていき、獲物が火花を出しながら交差される。
アンデッド軍は押され、後方からカタパルトの投石が都市へと放たれる戦況は傍から見ればファムォーラの軍が明らかに劣勢。リロもいまだ理解できぬ現象によって徐々に気力を消耗させられ、その様子を復讐者は笑みを浮かべながら圧倒的な力をもってして正義を執行しようとしていた。
 




