132.不死王の長い1日
「それで、相談事って?」
応接間のソファに浅く腰かけ、手をモジモジさせながら俯いていたレオルであったがゆっくり頭を上げるとようやくその重い口を開く。
「実はソフィア…僕のメイドで許嫁何ですが、彼女のほかに僕とその…一緒になりたいという方がいまして…」
「フィント?」
「っ、なんで分かったんですか!?」
「分からん方が難しいと思うがな。それで、相談ってのは?今のところ惚気しか聞いてないんだけど」
悪気もなくかけられる言葉に思わず顔を赤らめ、しばらく無言でリッチを眺めるもすぐに部屋中のあちらこちらへと視線が向けられる。次の言葉を探しているのか、答えを探すように仕切りに目を泳がせている彼の言葉を待つことも出来る。しかしすでに多くの会話をこなし、1人で過ごす時間を確保することが急務であると判断すると早々に会話を終わらせようとリッチが先手を打つ。
「ソフィアって子に浮気者と罵られた?」
「ソフィアはそんな人じゃありません!」
「…外れたか。じゃあどうしたんさ?」
終わらせることが出来なかった落胆を隠さずに気怠そうに言葉を続けるように促す。しかしレオルは彼の態度に気を悪くすることもなく、何度か深呼吸を重ねるとこれまでの経緯を静かに説明し始めた。
勇者業も終わりを迎え、今後のアトランティス大陸における身の置き方を相談するために故郷へ戻ろうとするとフィントが同行をすると名乗りを上げた。ティアラによる口添えもあったが、見聞を広めるためと聞いて喜んで彼女の提案を受け入れた。1人で向かうのも寂しいと丁度思っていたところもあり、エルフについて聞きたいことも山程あったことから予想以上に愉快な旅路を送ることが出来た。そして彼の国に無事到着し、彼の家族とソフィアと出会いを果たす。しかし同時に旅の伴であるフィントも紹介する流れとなり、極限まで緊張したフィントは咄嗟に叫んでしまう。
「レオルの恋人だ!」と。
その言葉によって現場は混乱を極めたが、我に返ったフィントは顔を赤く染めると涙を流しながら謝罪を繰り返した。彼女に気を悪くしないようにと声をかけたかったが、同時にソフィアの反応も気になって動けずにいた。ゆっくりと、可能な限り自然とソフィアに視線を向けると気分を害した様子はなく、むしろ嬉しそうにフィントの手を取ると本人の目の前でレオルの魅力について延々と語り始める。
そしてレオルの全身が真っ赤に染まり切った頃、ソフィアは独り占めができない程の彼の人柄を話し終えると2人でレオルを支え合おうと誓う。フィントもレオルに負けない程赤く染まっていたが、彼女の熱心な瞳を覗き込むと無言で頷く。
こうしてレオルは2人の許嫁を授けられ、そして王位継承問題が持ちあがった。
「…どうしましょう」
「…何でどいつもこいつも俺に相談事を持ちかけてくるんだ?」
リゲルドやアイリス、その前はカンナのガイアに対する恋愛相談。しかし自身の恋愛経験は生前の全てを合算しても死後にアウラと出会ったことのみ。ハノワには好きにするように言っているのに度々国の改革について相談を受け、最近はリロについての質問を節々に挟みこんでくるようになった。
愚痴を零しているとクスクス小さな笑い声を上げるレオルを訝し気に見つめる。やがて視線が向けられていることに気付くと慌てて居住まいを直す。
「す、すみません…でも皆さんはリッチさんのことを信頼しているんですよ」
「信頼されるだけのことをした覚えはないんだがな…とくに転生者諸君には」
「……そうですね……しいて言えばみんなのおじいちゃん、ですかね」
「どういうこと?」
「多分、自分の孫やその孫までいつまでも見届けてくれる頼りになる凄いおじいちゃんなんですよ」
微笑みながら言うレオルに悟られないように平静を保つが、内心穏やかではなかった。なるべく考えないようにしていたが、クルスやクロナ、そしてアニスたちもアンデッドの自分を置いてこの世を去る時がいずれくる。
一瞬寂しさを覚えそうになるも必死に退け、レオルの話しに集中することでその思いを誤魔化す。
「とにかく王位継承で困っとるんな?」
「…はい。でも2人のどっちか何て選べませんし、2人は一緒に……僕と結婚するって譲りませんし」
贅沢な悩みに聞こえるが、モテるから幸せというわけではない。様々な文献を生前に読んだことで一概に彼をリア充呼ばわりする気はなかったが、彼の心配をよそに悩むこともなく1つの解決策がふいに思い浮かぶ。いまだに真剣に腕を組み、首を傾げている青年に近付いていくと彼は即座に顔を上げた。しかしリッチの背筋が凍るような笑みを張り付けた顔を間近で見たレオルは一瞬固まり、顔を上げたことを後悔したがすぐに悪寒を振り払うと彼の言葉を待った。
「俺にいい考えがある」
「…悪巧みですか?」
「いやいや。完全な善意にして完璧な計画だよ…もっとも、許可がいるけどね」
「許可、ですか?」
「はっはっは、こっちの話。だから気にせず2人を孕ませるといい」
「へ、変な言い方をしないでください!!」
顔を真っ赤にしながら反論しようとするが、その場で立ち尽くしたまま言葉を続けることができない。明かされぬ提案に不安を抱くも、いつものように何とかしてくれるという力強い言葉に内心ホッとすると次の言葉にはお礼の一言が零れた。憑き物が落ちたように晴れ晴れとした表情を浮かべた彼は笑顔で部屋を退出し、その背中を同じく笑顔で見送るとようやく1人の時間が訪れる。
しかし応接間にいれば次々と人が訪れ、このままでは外交の仕事に戻らねばならなくなる。もっともすでに休憩の延長を行ってサボっており、ギリギリまで出席しないように調整中であったが仕方なく屋上へと転移すると暖かな日差しが一身に注がれる。
「ここならゆっくりできるだろう」
宙ではなく、久しぶりに地面に降りて後頭部に手を組もうとすると突然目の前が暗くなる。雲でもかかったのかとゆっくりと目を開くが、そこには見慣れた姿があった。
「リッチ。デートするわよ」
「…はい?」
反応する暇もなく、アウラに腕を掴まれると引きずられるように王城を抜けて市街へと連れ去られていった。




