131.不死王の子供たち
拳骨を喰らい、しばらく成すがままに抱きしめられていた2人であったがやがてリッチが2人から離れる。穏やかな笑みを浮かべていると顔つきが真剣になり、背後で困惑しているダウトに視線を向ける。
「あんたがクロナたちを捨てたことで俺とアウラは2人に出会えた。感謝する気はないが責める気もない」
一体何を言おうとしているのか、真意を探ろうと全ての視線がリッチに向けられるが男との用件は済んだとばかりにクルスたちに視点を戻す。
「お前さんたちは巣立ちの儀を終えたんだ。アウラが与えた名と翼で好きなように飛び、疲れたらいつだって俺たちのところに戻ってくるといい。例え何があろうと俺はずっと止まり木であり続けるさ」
「…お父様」
「早い話が自分のことは自分で決めなさいってこと」
にこやかに話す父の顔をクルスはしばらく眺めていたが、背後に隠れていたクロナを振り返ろうとすると気付けば彼女は横に立っていた。互い見つめ合い、ゆっくりと頷くと意を決したようにダウトの元に歩み寄る。
その様子に嬉しそうに両手を広げて歓迎するが手前で足を止めた2人を不思議に思い、怪訝そうな顔でクルスたちを見る。
「…どうかしたのか?」
「……あなたが本当に僕たちの父親、なのですね」
「そうだ!追跡魔法でお前たちを」
「私たちを産んでくださり、父リッチ=ロードと会う機会を与えてくださったことには感謝します」
「ですが僕たちは母アウラに授けられた翼で自由に生きます」
淡々と語るクルスたちの言葉にダウトは首を傾げるしかなかったが、2人が悪戯っ子のように顔を見合わせると背後に浮かぶリッチの元へと走り寄ってそれぞれローブの裾を掴む。突然のことにバランスを崩し、地面に引き下ろされる形で2人に抱きしめられるリッチだったが決して離されないように左右を拘束されている。そしてこれが答えだと言わんばかりに狼狽するダウトに顔を向ける。
「私は[クロナ=ロード]です。リッチ=ロードの第2夫人となる予定です」
「僕は[クルス=ロード]です……妻に3人のハーピーを迎える、予定です」
「「そしてロードの名を持つ父リッチと母アウラの子供です」」
だからどこにも行きません!誇りに満ちた笑みを浮かべながら子供のようにアンデッドのローブに縋りつく2人をダウトは呆然と眺める。しかし2人の言葉と行動、それらの事実が彼の中で消化されるとやがて小さな吐息が漏れる。
俯いた頭を重そうに持ち上げ、しばらく2人の姿を目に焼き付けていた。
「…承知した。お前たちは正真正銘リッチ=ロード殿の子供、そうだな?」
「「はい」」
「そうか…我が国のことは我が国で何とかしよう。世話になったな」
よろよろと立ち上がり、クロナたちの横をすり抜けて応接間を出ようとすると不意にリッチが声をかける。
「これも縁だ、もし何かあればハノワのところに行きな。少しは何か融通するように口利きしとくよ」
「…感謝します」
振り返ることなく、項垂れるように退出する様子を眺めているとローブが下へと引き寄せられる感覚がある。その先を確認すると子犬のように見上げるクルスとクロナの姿があった。
「これが僕たちの答えです」
「…みたいだね」
「怒ってます?」
「なんでさ?」
「「なんでもありません!」」
ローブに顔をうずめ、やはり子犬のようにじゃれつく姿を見て頭を優しく撫でる。彼らの答えは予想通りのものであったが、改めて聞くと嬉しいものがある。微笑みながら静かに撫で続けていたが、やがて2人が勢いよく顔を上げてくる。
「私がお父様のお嫁さんになる話、否定されないのですね!」
「まだ検討中だよ。てかクルス、いつの間にリウムたちと婚姻結んでたの?」
「…父上がシュエンに向かっている間に……父上も覚悟してください」
子供は知らぬ間に成長するもの。しかし早すぎる成長は時に人を硬直させるだけの威力がある。開いた口が塞がらなかったが、かろうじて残存していた父親の威厳を駆使して2人に仕事があるからと解放するよう伝える。
クルスたちはしばらく惜しむようにローブを握りしめていたが、渋々手を離すと再び笑顔になって応接間を出ていく。
1人の時間を取り戻し、再度漂うために仰向けになろうとすると扉に見慣れた気配を感じる。嫌な予感がしつつ、ゆっくりと視線を向けるとそこにはレオルが立っていた。
「…おくつろぎのところすみません。あの、少し相談事があるんですが……」
不死王に落ち着く暇はないようだ。
深いため息を吐くと、気怠そうに椅子に座るようレオルを招き入れる。




