127.ファムォーラ魔術学院都市
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始めは問答無用でアンデッド化させるつもりであった。
部下が王座の間まで攻め入ったことを確認するとすぐさま現地へと自らを召喚し、アウラと育んだ大切な巣を破壊しようとした張本人をこの目に焼き付けてやろうかと意気込んていた。しかし目に映ったのはどこかで見たことがあるような、懐かしい人物と再会したような感覚に囚わせる1人の女性であった。
[サイレント・ウォーカー、ミフネ]
遥か昔の記憶からかつて共に冒険者として活躍した彼女に似ているようにも見え、念の為魂を覗いてみたが間違いなく彼女の直系であったことが確認できた。目が合った時の当人は今にも死にそうな顔をしていたが現在がどうであれ、ミフネはしっかりと恋をしたのかとまるで父親にでもなったかのような気持ちになる。
そして彼女の魂から根っからの悪人ではないことも窺い知れた。長年シュエン王国の腐れ果てた環境と習慣に身を置いたことで魂が歪になったように感じ取られ、いっそのこと悪の根源を思い切って断ち切れば初心に戻るのではと即刻体制の元凶を排除した。出会ってからは全てアドリブであったものの、彼女の魂がみるみる浄化していくのが見て取れたことにほっとする。
罰という名目でデコピンと多忙であろう学院長の任を引き続き負ってもらったが、それでも幾分か顔色が良くなっていたことからハノワ同様に全て任せても問題はないだろうと一息つく。やがてリロの声を受信し、もう1つの目的を忘れかけていたことに気付く。
<我が主、お望みの方をお連れしました>
「…ん?あ、はいはい。入って入って」
突然独り言を呟き始めたことに誰に向かって話しているのかと疑問に思っていると、破壊された入り口より1人の青年と目に炎を宿したかのような甲冑の女性が入室する。青年はカヌカと目が合うと弾けたように彼女の元へ駆け出し、カヌカは飛びついてきた青年スターチを優しく抱き留める。
「母様!ご無事でしたか……よかった」
「ごめんなさいね。こんな愚かな私でもちゃんと母親と呼んでくれるのね」
スターチの勇者としての任が解け、ファムォーラの報告を受けた際に滅ぼす手助けを命じられた。しかし彼は反対の意思を表明するだけでなく、ファムォーラに知らせると言って逃げようとしたため手荒な方法で捕獲したこと。互いに涙を流しながら何度も謝罪し、泣きながら抱き合う姿に居心地の悪さを感じながらもリッチとリロは顔を見合わせながら静かに様子を見守っていた。
「御見苦しい姿をお見せしました」
深々と親子ともども頭を下げているがスターチは先程の行為の恥ずかしさからか、顔を赤くしたままそれ以上動こうとしない。彼の挙動を気にせず、頭をゆっくりと上げたカヌカは目を赤く腫らしながら言葉を紡ぐ。
「息子とも話し合いましたがリッチ様に頂いた肩書と居場所を有難く頂戴したく、親子ともども繁栄に尽力したいと思います」
「リッチ様じゃなくてリッチさんでいいって」
「そこは譲れません」
さん付けにするよう諭して回っているが、現状対応してくれているのはリオンたち元転生者だけ。地元の子供すら両親に怒られるからと様付けしてくる始末。いまだに納得がいっていないなからも、シュエン王国との決戦が終わったことにひとまず安堵する。
何かあれば衛兵のアンデッドを介して相談するよう言い残し、リロと共に消えようとするがスターチが背後から声をかけてくる。
「あの、皆さんは…ライラは元気でしょうか?」
「…みんな元気だけど多分ライラだけ地元戻って帰ってきてないからお前さん同様、厄介なことになってるかもね」
ここで嘘をついたところでは得策ではないと思っての発言であったが、途端にスターチの顔は青ざめる。今にも行動を起こしそうであったが、入り口に向けて走り出そうとする素振りを見せたところで空気を読んだリロがガッチリと彼の肩を掴む。彼女を引き離そうと必死に暴れるが、リッチの顔が眼前に迫ったことで急激に大人しくなる。
「今は何とも分からんけど俺が何とかしてやる。それに何かあったら[勇者様]の力に迷わず頼るから安心してお母さんの補助をしてやってくれ。下手すると仕事多すぎて過労死するから」
「…人に仕事を任せて随分と物騒なことを言われますのね……ありがたく頂戴した私も私ですが」
その言葉に今一つ腑に落ちない様子ではあったが、簡単に聞いた概要からは確かに母親が死んでしまうかもしれないという仕事内容の危機感を覚える。母とリッチを何度も交互に眺め、しばらく考え込んでいたがやがて渋々といった様子で了承してくれた。
「…絶対ですよ。絶対俺を、俺たちを頼ってくださいよ!」
「おぅ、約束するさ~」
その代わりしっかり学院を運営してくれよ。その言葉を残し、その場にいたリッチとリロ含め、一部の都市防衛用のアンデッドを残してほぼ全ての兵がこの土地から瞬時に消え去った。後には屍なき血痕と応戦による破壊の後が残るばかりであった。
そしてちらほらと目を覚まし始めた住民たちがゆっくりと起き上がり始め、一体何が起こっているのかと周囲の惨状に驚きながらも不思議そうにきょろきょろとしきりに視線を泳がせていた。
「さて、忙しくなりますね…補佐はしっかり頼みましたよ?ファムォーラ魔術学院都市[副]学院長様?」
「…さらりととんでもない役職押し付けてくれますね。でも望むところです!」
ライラの事は心配ではあったが、それでも今はやらねばならないことが山ほどある。魔術学院都市をこれから切り盛りしていかねばならず、勇者の役職をなくし新たな未来を掴んだスターチは1人気合を入れた。まだ見ぬ繁栄された魔術学院の姿を想像しながら。
「リッチ様もリロ様もお疲れ様でございました」
「いや、俺何もしてないから。どっちかと言えばスターチ君救出したリロの方が大変だったから」
「我が主の眷属たる私の活躍は全て我が主の手柄です」
王城より転移後、アンデッド兵を古都に戻した後に祈祷をやめた教団と合流した2人は疲れはせずとも互いを労う。そして今後のシュエン王国の在り方を伝えると新たな支部が出来たかのように喜ぶグレンを落ち着かせ、古都ファムォーラとしても今後どのようにアプローチしていくかハノワと検討するよう命じるとリロともどもアウラたちの元へと転送する。
そして1人残った不死王は一段落ついたとばかりに大きなため息を吐き、かつてのシュエン王国をもう一度だけ眺める。女神のうっかりで産み落とされ、元の世界では二度と勉強はしないと誓った身を削って勉学に励み、そしてその後のとんでもない余生と死後にふわりと思いを馳せる。思う所はあったが、それでも今こうして笑顔が絶えない自分がいるのは負の経緯があってこそであろう。
「……この世界で生み育ててくれてありがとう、そしてさようならかつての我が故郷よ」
生まれ変わる故郷に最後の別れを告げ、笑顔を崩すことなく自らの巣へと転移する。
「ばいび~」
 




