126.戦後協定
「それで…私の条件なのですが」
「ん?あーそういえばそういう話だったね。言ってごらん?」
「……スターチを、私の息子は助けてやってください。そして出来れば貴方が意識を奪ったであろう生き残っている住人たちも」
「あら、バレてたのね。スターチ君は子供たちのお友達だから当然だし、住人の意識を奪ったのは最初からそのつもりだったから安心しな」
そこまで聞くと魂が抜けたように身体の力が抜け、背もたれに深くその身を預ける。学院長となって権力に溺れることはあったがそれでもシュエン王国に育まれ、今という形で生きている。しかしその故郷の王も滅び、国としての形はほぼ成さなくなった。引き際だと悟ったカヌカは短く笑うと、穏やかな目で死なずの王を直視する。
何故彼女がほくそ笑んでいるのか、いまだに理解できずにただ無言で宙を浮いている姿は天へと導く天使のように見えなくもない。
「……あるいは死神か」
「……何か感慨に耽ってるから黙ってたけど、別にお前さんを始末する気はもうとっくにないよ?」
「え゛っ!?」
空耳か、一瞬罪を問わないと言った風に聞こえた気もするがそんなはずはない。王や重鎮は悉くアンデッド化され、カヌカ自身は彼の都市を浄化しようと歴史上最大規模の魔術を解き放った張本人。国を滅ぼしながらそんな判決が下されるなど、あっていいわけがない。苦言を申し立てようと顔を上げるといつの間にか接近していたリッチの指がカヌカの額近くを陣取っており、ゴチンと鈍い音を立てて彼女の額は弾かれる。
デコピンされたことを悟りながら、地味に痛む額を擦っていると興がそがれたように宙を漂いながら寝そべるリッチは天井を見ながら話し始めた。
「王とは民を守るだけの存在であり、民自らの力で都市を運営すべし。そうは思わない?」
「……はぁ」
「上に立つ人間がいかなる力を持とうと、それで全てを意のままに動かしてしまえば例え相手が生きてようが命令を忠実にこなすアンデッドとなんら変わらないよ。この学院だって紛争地帯であろうと国や軍が介入しなければ学術に優れた輩を沢山輩出することができたと思うんだ。ま、結果的に風通しは良くなったんじゃないかね」
オールを漕ぐように手をヒラヒラと動かす様はまるで水の中の魚のようだと、話を耳を傾けながらも彼の動きをしっかりと見ていた。不死王という魔物が目の前におり、1人の学者として検分せずにはいられないという気持ちが半分、そして何故一介の魔物がここまで人のために尽くすのか。長年詰め込んだ膨大な知識を総動員し、やがて1つの結論に達した彼女は頭を上げる。
「…もしや貴方は、シュエン王国の出身の者…なのでしょうか?」
自然と口から呟くように漏れてしまった言葉に男はチラリと視線を投げてくるが再び視線を天井へ向けてしまい、その問いへの答えは保留されてしまった。しかしそれが同時に答えであったような気がしてそれ以上聞くことはなく、彼がまた口を開くまで辛抱強く待った。
「シュエン王国とその国が運営し続けた魔術学院は今日俺が滅ぼした。しかしこの立派な土地を廃墟にするにはもったいないと思わないかい?」
「…仰る通りにございます。しかしすでに街の防衛機能は完全に消えております。このままでは例えゴブリンの群れが侵入しただけでも大騒ぎになります」
「だ・か・ら、国として滅びたって言ったでしょ?」
出来の悪い子供に言いつけるようにゆっくりと上空から言葉を発するが、彼が言わんとしていることが何なのか、こればかりは全く想像がつかない。そればかりか、この国を亡ぼすきっかけを作った張本人はいまだ裁きを受けていない。会話の間、ずっと宙を漂っていたはずがゆっくりと彼女の前へと移動し、楽しそうに顎を擦りながらカヌカの瞳を覗き込む。
「この土地を[ファムォーラ魔術学院都市]として今後繁栄してもらうことにする。孤児だろうと誰だろうと教養を身に着けたい者は来るもの拒まず、もちろん俺の領地の一部になるわけだから当然部下が常に警備する体制を取らねばならない」
ちなみに総括責任者は君だよ?と、唐突に指名されるがそもそもの話がいまだに消化しきれていない。
国としてではなく、国単位の領地を有した巨大な学院をこれから維持・改善することを考えていかなければならない。生徒の受け入れ、教材の準備、教育者の育成、寮の設置、食糧問題…挙げていけばキリがないがこれらの所業はまさしく…
「…いっそのこと、アンデッドして頂いた方が楽な余生を送れたかもしれませんね」
「はっはっはっは。俺は性格が悪いからね」
その言葉をきっかけにいままでの緊張が全て解けたのか、糸が切れたように大声で笑いだす彼女につられて笑う不死王の声は誰もいない王座の間の外まで響き渡っていた。
たった2人の短い会話。それによって魔術大国[シュエン]の名は跡形もなく消え去り、新たなる姉妹都市[ファムォーラ魔術学院]がアトランティス大陸の歴史にその名を刻むのであった。
 




