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123.軍団長の苦悩

 数と質。人目見るだけでも理解することができる圧倒的不利なこの戦況。


 外見が全く違いながらも、見比べる暇もないほどの進撃を見せるアンデッドに蹂躙されていくシュエン王国の兵たち。いくら怒号を上げて恐怖を押し込めようと、水のように沸いて押し寄せてくる敵を前にもはや赤子同然であった。剣で脳天を捉えようと意に介さないように胴を切り返され、打ち倒したと思えば背後から休むことなく歩を進める魔物に八つ裂きにされる。 魔術学院創設以来、魔術師を主力とした戦争に慣れきってしまった兵たちの体たらくを見ながらため息を吐く1人の男がいた。

 しかし王国内でも日頃から日陰者のように扱われ、能無しが行き着く先だという烙印を押されては業務に精が出ようはずがない。第一、軍事費と呼べるものはほとんど魔術の研究に流れていくために装備も満足に新調することができていなかった。



 それでも国に仕える者として各騎士団長に部隊を率いて迎撃させるよう命じているが、命を散らすために地獄の淵へと向かわせていることに重い責任感が肩にのしかかった。その背景に止まない溜息を吐きながら王城に辿り着いたのち、城門の前で佇む軍団長ソスロが剣を地に突き立てる。

 ゆっくりと、しかし確実に近づいてくる悲鳴と鉄の狂奏に耳を澄ませながら目を閉じた。



「我が国もこれまでか…」



 アンデッドの群れに餌を放り込むように部下を歩ませたが、ソスロとて決して無能な男ではなかった。

 両親はともに一兵卒であり、自らも魔術師の実力なしと判断され早々に兵として引き立てられたが決して腐ることはなかった。まるで野良犬のように見下される日々をバネに我先にと戦場を駆け抜け、ついには軍団長としての地位まで上り詰めることに成功したがソコが彼の限界であった。国の体制上[魔術]こそが絶対であり、現に戦場への魔術師の投与は最小限の犠牲で多くの武功を立てていたことがその体制を決定づけている。

 魔術師どもが屋内で呪文の詠唱を行うだけで敵軍は滅び、一般の兵が敵軍に攻め込めば多くの死者を出してやっと得ることができる勝利。経緯でも結果でも決して覆ることのないシュエン王国の縮図に辟易し、犬のように戦死するか寿命や病で王国の片隅の墓地にひっそりと埋められるだけの終わりを待つだけの日々であった。



 しかし、今の彼はすこぶる機嫌がよかった。



 先程シュエン王国の力と知識、すなわち全ての象徴であるシュエン魔術学院が爆散とともに崩壊した。それは魔術師どもの時代に終わりを告げているかのようであり、残った廃墟同然の姿に心から安堵感が芽生える。このような気持ちになるのはいつ以来だろうか、血塗られた闘争とは場違いな感傷に浸りながらゆっくりと侵略者の様子を窺う。



「ふん。アレを見ただけで敗北が決まっているというのに、上層の馬鹿どもは誰も気付いていないのだろうか」



 不敵に笑みを浮かべる彼であったが、彼が指す[アレ]とは決して無残な魔術学院の成れの果てではない。その目は迫りくるアンデッドの兵士たち、敵軍が着込んでいる甲冑に向けられていた。かつて戦場に散っていった無残な兵たちの死に装束には様々な紋章が刻まれており、恐らく遠い過去に存在していた国の物であるという見当しかつかない。しかしその事実に彼は1つの確信を得ていた。

 敵にとってシュエン王国の魔術師も兵たちもアンデッドと化すだけの素材としか見られておらず、どこの軍勢であろうとまるで関係がないこと。そのことが半ば諦めを、そして悔しさと同時にすがすがしさを心に響かせていた。



 やがて城門まで必死の形相で敗走してくる兵たちの姿を確認すると満面の笑みを浮かべ、剣を握りなおして前進する。


「貴様らー!我らはシュエン王国最後の砦にして誇りある一兵卒の集まりである!!学院が亡びた今、魔術師どもの手柄を全て我らの物にするチャンスだとは思わんか!?」



 命からがら逃げてきた兵士たちはソスロの言葉に一瞬身を強張らせるが、底辺としてレッテルを貼られ過ごしてきた軍務の日々が思い起こされる。酒場に行けば隅に追いやられ、時には唾を吐きかける輩もいた。しかし魔術師と謳われた彼らの存在は1人で10人以上の兵の価値があることに、足を向けて眠ることすら許されない。過去に魔術師への不満から拳を振り上げ、新たな魔術の実験台としてその対価を払った青年もいた。

 しかしその回想も敵に薙ぎ払われたであろう、無残な兵士の屍が転がってきたことで中断される。ソスロは亡骸の前に跪き、短い黙祷を捧げると再び立ち上がった。



「彼は役目を終え、シュエン王国へと帰投した。我らは、ここで手柄を立てねばいつ立てるというのだ!!」



 その一言でいまだかつてない怒号が響き、負傷していた者も嬉々として武器を持ち直す。前方からは巨漢のアンデッドや前面と背後に身体をもつアンデッド、さらには3つ目のかつて魔族であったであろうアンデッドの姿が確認できた。しかし特筆するその3名だけでなく、背後からもアンデッド兵が続々と行進してくる。

 絶望的な状況を前に抜刀し、最期の一声を挙げた。



「シュエン王国に栄光あれーー!!!」


 ソスロが駆け出すと同時に兵たちも彼に続き、その光景を無言で眺めていた3つ目のアンデッドより放たれた怪しい光に包まれながら彼らの意識は次々と刈り取られていった。

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