117.薙ぎ払えっ!
「…不発に終わったか」
思い上がったアンデッドが支配する魔都を潰すべく、魔王軍の進行は続いていた。そして緑の閃光を降り注ぐ光景を目の当たりにした。
[ソロモン]
先代魔王が魔族の支配領域を広げるために生み出した、究極の禁呪魔法。
全てを浄化する魔力の火柱から身を守る術などなく、都市を焦土と化すことで今ある魔境の勢力図を拡大してきた。しかし術式の行使のためには尋常ではないほどの魔力を必要とし、使用者や術式の補助を行った者はしばらくは満足に動くことが出来ない。先代魔王様はその隙を突かれ、最終的には勇者と相打ちになった。
「…だが、これはどういうことだ?」
遠くに見えた都市に描かれた巨大な魔法陣は雲ごと霧散した。若かりし頃に1度だけ目撃した浄化の炎はあのような消え方をしていただろうか。確か雲ごと滅びた都市へと降下していたはず…もしや決行した人間共がしくじったのだろうか。魔族最高峰の魔術の不自然な消滅に疑問が脳裏に浮かぶも、ここまで来て今更引き返すわけにはいかない。
それに相手は所詮低俗のアンデッドを従える死人でしかない。進軍を止めずとも全員が遠くに迸っていた魔術を驚愕の目で見続けていたが、やがて雲が霧散した後にデボンは激励を飛ばす。
「貴様らー!我らは偉大なる魔王軍だ!!あの光は我らに仇なす者どもを焼く浄化の光であり、そしてこれより我らが滅ぼす都に降り注いだ!好きなように暴れるがよい!!人間共の大陸を全て掌握するための前哨戦だーー!!」
その言葉は魔族、そして従えられた魔物たちの本能にある破壊衝動を満たすには十分な物であり、先程の異常な光景を忘れてしまうほどの興奮に染まっていた。当初は誑かされた人間どもに[ソロモン]を行使させ、壊滅状態に陥った都市の残骸を魔王軍が蹂躙する手筈だった。しかしいずれにしてもいくつもの人間の都市を滅ぼしてきた軍事力があれば、どのような結果であろうと負けることはない。
偉大なる勝利、そして歴史上初となる魔族の完全ある支配を成し遂げた人物。自らの雄姿を思い描きながら幹部共々、勝利前の美酒に酔いしれていた。
「なんじゃありゃぁ?」
しかしその虚栄も先頭を歩く1人のオークによって中断される。広大な草原、もう少しで都市が見えるようになってきたところで地面の不自然な盛り上がりを確認した。思わず足を止めた先頭のオークに倣い、後続の集団も理由も知らずに次々と足を止める。しかし徐々に地面は盛り上がっていき、後方からも確認できるほど巨大な土くれが形成された時、いままで見たこともない2つの化物が突然目の前に姿を現す。
「…デボン様。あれは一体…」
「分からん。あんな物、どの書物にも載ってはいなかった」
「「「「「「……ォォォオオオオオオオオォォーーーー」」」」」」
1つはまるで絶滅したはずの巨人を彷彿させるほど巨大であったが、日の下にいることではっきりと視認することができる。ソレは折り重なった人間の身体を無数に固め合わせたような、そして巨人の姿を模しているだけの不気味な物体であった。その1つ1つの身体から無念を零すかのように声が漏れ、他者を引きずり込もうとしているかのように聞こえる。
「グルルルルルルゥゥゥーーーー」
1つは土と木で形成された、同じく絶滅したはずの巨大な竜の姿を模っている。四つん這いに立つ巨人もどきの全身に巻き付けるほどの蛇のような身体をうねらせる。その竜、さらに顔を模した巨人の視線は眼前の魔王軍に向けられていた。
<今一度問う。お前らは俺の敵か?>
その姿からは想像できない、抑揚のない平凡な声が竜より流れてくる。恐らく例のアンデッドの仕業、そして所詮はアンデッド。その事実に、魔王軍大将デボンは見かけ倒しであると鼻で笑い飛ばしながら早々に言葉を返した。
「貴様が我らが魔王様を惑わせたアンデッドだな。先程の魔術によって疲弊したことでこのような木偶を出してこようとは、下策であるぞ!魔王様の謁見はもちろん、貴様ごときアンデッドを呼び寄せたのは失敗であったわ!」
大将の言葉に、魔王軍より不敵な笑い声が次々と沸き起こる。これから攻め込む都市はしょせんアンデッドが支配している滅びた都、そしてデボンの言うように前方の巨体たちはただのハリボテ。一瞬でも驚いてしまった誇りある魔王軍の一員として情けないと、互いを笑いあうだけの時間が過ぎていく。
<…あぁ言ってるけど、どうするリゲルド?>
街の中央に浮かぶ巨大な球体に映る光景を眺め、静観していた魔王はしばらく映像を見つめていたがやがて沈痛な面持ちで重い口を開く。
「あれは…あれは魔王軍などではない。余は正式に軍を解散させ、魔境の繁栄のための勉学をすることを宣言した。そうであったな、デモンゴよ?」
「仰せの通りにございます」
魔王の命令を聞かず暴走した部下たちの責任をとるべきは自分であるが、それでもリッチはそのことについて何も問わないことにそれ以上弁論する余地はなかった。リゲルドの判断を伺い、正式にファムォーラに仇なす敵であることを再認識したことで思わず邪悪な笑みを浮かべる。使い道のなかった暴力という浪漫を詰め込んだアンデッドの稼働テストには丁度いい、と。
『ビスマルク、薙ぎ払え』
「「「「「「……ォォォオオオオオオオオォォーーーー」」」」」」
再び不気味な音声が周囲を包み込み、先頭にいたオークたちの軍勢ははっきりとその光景を視認していた。巨人を形成するアンデッドの群れの頭部を模した部分がまるで口のように開き、その口内より無数の手が救いを求めるように一カ所に手をかざしていた。
「な、なんじゃ…ありゃ?」
やがて口内の中央に眩いほどの白い光が集中し、オークを従える魔王軍幹部がおぞましいほどの魔力量を検知した時、花火でも見るかの如く凝視していた部下たちに慌てて命令を下す。
「いかん!!皆の者、退去すっ……」
避難命令を出すもその言葉が最後まで続けられることはなかった。次の瞬間には灼熱の熱気と白光に包まれたことを理解する暇もなく、この世から消え去った魔物たちの影と巨大な爆発だけが彼らの最期を物語っていた。




