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116.女とは強さ

 私は知っている。




 いつも嬉しそうに子供たちや周りの人たちと一緒にいる時の彼の顔を。


 面倒くさそうにしていても、最後にはいつも折れる彼の顔を。




 寂しさ。


 哀愁。


 別れ。




 ずっと一緒にいたからかは分からないけど、彼の表情にはいつもその3つが必ず内在していた。


 リッチは死を乗り越えて強くなったとグレンは言っていたけど、死を忘れたことでいつか彼を置いてみんな遠い所へ行ってしまう。もちろん教団やリロ、ニーシャたち妖精、そしてもしかしたらハイエルフのティアラまで彼と共に歩めるかもしれない……そういえばあの娘との人妻談義楽しかったわね、ふふふ。



 でも、彼らは違う。



 リッチにとってこの世界に繋ぎ止めておくためにいるわけではない。クルスやクロナ、それにリウムもカトレアもアニスも…そして私もいつかは…




 彼を1人にしてはいけない。



 そう思っての、そして私たちの[巣]を守るための、一世一代の決断のつもりだったのだけど…彼の申し訳なさそうな顔を見ていたらつい泣いてしまった。



 でもきっと私は大丈夫…私は不死王リッチ=ロードの妻。



 彼と永劫を誓い合った1人の女なのだから…









 ドクンッ





 1つの大きな鼓動が鐘のように都市に鳴り響く。

 その音に一瞬、結界を止めてしまいそうになるも再び意識を結界に戻しつつ上空の異様な光景を呆然と眺める。結界の中心に飛んで行ったアウラから膨大な量の青い靄が溢れ出し、禍々しい気配は町全体を包み込み、クルスたちですら悪寒が背筋に走る。



 やがて靄が薄れ、リッチと共に1人の女性の姿が露わになる。




「…わぉ」


「……いつまで胸に手を置いているのよ」


「む、すまん」


 火傷でもしたかのように手をどけるが、その目はいまだに彼女の生まれ変わった姿を見つめたままでした。

 太陽のような黄金の髪と美しい顔立ちは同じ。しかし、身体は明らかに人間そのものであった。しなやかに生える手足は人間のそれであり、豊満な胸も健在。しかし雪のように白かった肌は浅黒くなり、隠さねばならない部位は青い羽根や淡い黄金の羽毛で覆われている。そしていつも暴風を巻き起こしていた青き羽根は、変わらず背に悠々と生えている。

 


「…[魔王種サキュバス]」


 聞いたわけでもなく、ポツリとアウラは言葉を零す。


「頭に色々流れ込んできたの。もしかしたら貴方の言ってた神様だったかも」


「……本当、余計なお世話が好きな連中だよ」


「あとね、伝言をよろしくって。[頑張ってください]って」




 …あの野郎。

 

 神のありがたいお言葉に真っ先に頭に浮かんだ言葉であったが、聖杖の軋む音によって現実に引き戻される。結界は刻一刻と迫ってきており、どうしたものかと彼女を、新たな眷属に答えを求めるように視線を向けると彼女は微笑みながら見つめ返してくる。

 しばらく視線を交わしていたが、やがて無粋な結界を睨みつけるとアウラはゆっくりと手を振りかざした。空を仰ぐような彼女の動作から青い波紋が広がり、結界の内側に接触すると徐々に火柱が押し上げられていく。

 



「ウソでしょ…」


 自らの加護である[絶対防御]すら押しやられ、盾が砕け始める音まで聞こえた。しかしアウラがリッチと共に空へ浮いたかと思うと妖美な姿の彼女が靄より出現し、鬱陶しそうに手を振ると……魔法陣が雲ごと消し飛ばされた。何が起きたのか理解できず、いまだにロード夫妻に視線を注いでいた。しかし不意に肩に手を置かれ、振り返るとそこには笑顔を見せてはいるが複雑そうな表情を浮かべていたティアラが立っていた。思わず笑いそうになってしまうも、彼女の行動のおかげで難を逃れたことを理解するやそのまま地べたにへたり込んでしまう。

 束の間の勝利に笑顔が綻ばせていると、ゆっくりと彼女たちの前に英雄2人が降り立つ。


「みんなお疲れ様」


「…最後はお前の奥方に全部持ってかれてしまったがな……畜生め」


 アウラの目ではなく、彼女の豊満な肉体を見て毒を吐くティアラの反応を気にするでもなくアウラは再びリッチへと向き合う。



「…それで、どう?」


「…綺麗だよ」


「ん…ありがとう」



 リッチの前でモジモジし、チラチラと投げかける上目線の破壊力に遥か昔に失った心臓の鼓動が甦ったような錯覚に陥る。だが、それでも彼女と初めて会った時と同じ感情しか思い浮かばなかった。しかしそんな単純な言葉でも嬉しそうにする彼女をリッチに抱きつき、その様子を顔を隠しながら手の平から覗くカンナは全身を真っ赤にする。ティアラはかつての自らの過去を思い出しながら無言で頷いていると、次々とアンデッド通信をリッチの脳内に受信される。



<リッチ様、アウラ様……我々教団は、私は感動を隠せません!!>


<我が主!奥様!私は!感動で!目の前が見えませぬ!!とくに奥様の決意、しかと受け取りました!!>


<我が主様。大変素敵な景色でしたよ?>


<俺たちも負けてられんな!!>


<リッチさんたちの覚悟、見せてもらいました!>


<次は私たちの活躍を見せる所だよ!……本来の使命は真横にいるんですけど>


<師匠!余の部下たちの責任、今ここでとるぞ!>


<<<私たちも暴れたりないよー!>>>


「父上、母上!見ていてください!」


「お父様!お母様より立派な姿を今からご覧になってください!」


 彼らの声と共に、一難去った喜びは魔法陣の轟音に勝らない歓喜となって都市中からあふれ出す。

 確かに都市は守られたが、しかしいまだ魔王軍の脅威が徐々に迫っている。それでも冷めない興奮に矢継ぎ早に聞き慣れた勇者、魔王、眷属、そして子供たちの声が口々に魔王軍を迎え撃つ準備をしていたことを示唆した。多勢に無勢ではあったが、魔法陣を消し飛ばしたことですでに勝利を確信した彼らは手柄を求めるように戦闘意欲を見せる。


 …しかし、彼らの期待に不死王は答える気はなかった。



『投影』


 先程まで結界を張っていたアンデッドメイジたちは都市の中央へ手をかざすと、巨大な青い球体が出現する。その光景に不思議に思った住人たちは次々と建物から出てくるが、その球体には都市の正面、さらには迫ってくる魔王軍のおぞましい姿が映し出される。次は一体何が起こるのか、全員が訝し気にその様子を見守っているとアンデッドを通して不死王の声明が流れる。

 


「…今は最高にいい気分なんだ。それに折角の嫁の[誕生日]、みんなに面白い物を見せてやる」


 瞳を赤く邪悪に光らせ、遠くに巻き上がる砂埃を見つめる姿にその場にいたティアラたちは背筋を凍らせた。

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