115.抵抗
ブクマと評価が知らぬ間に増えていました!
拙い作品を読んで頂き、ありがとうございます!!
雲の動きが止まり、光の礫が吸い寄せられていく様はまさに幻想的であったが同時にそれは都市の破滅を意味することも理解していた。
都市に配置されるアンデッドメイジが両手を空にかざし、目を赤く光らせると都市全体を半透明な結界が覆う。さらに森全体が黄金に輝き、金の鱗粉のような淡い光が結界に吸い込まれて同化していく。その様子を無言で眺めていたティアラは視線を空へ移し、手を魔法陣へ向けて伸ばす。すると森の輝きと重なるように緑色の靄が王城に佇むティアラの手にまとわりつき、ゆらりと魔障壁へ立ち上る。
王城と森、神秘の光景に見惚れていた一行は我に返るとカンナが盾を掲げて雄たけびを上げる。
「おーチョ綺麗じゃん!あたしも負けられなっ」
「私たちも行くわよ!!」
「「「「「おーー!!」」」」」
「ちょっと、あたしの気合に横やりいれないでよ![最大展開]!!」
アウラたちハーピーに続きクロナやクルスが竜巻を発生させると魔障壁が内側から押し上げられ、負け時とカンナが盾を天に構えると[絶対防御]の波紋が竜巻をさらに押し上げる。
各位が気合を入れている最中、ふと不死王は手に視線を落とす。[クフーシカの聖杖]、アンデッドでありながら光魔法を使用することができると孤児院で子供たちに揉み解されながらも軽くグレンからレクチャーを受けただけの遺物。疑問に思いながらも、試しに天に向けて振りながら呪文を唱えてみる。
「[ラスターシールド]……うぉっ!?」
突然スイレンの先から眩い光が放たれ、杖を中心に光のオーブが都市全体を暖かく包み込む。光魔法の使用により、部下やアンデッドである自身が浄化しないかと不安に思っていたが、杞憂に終わったことにほっと一息つく。
次の瞬間。
轟音。
都市全体が揺れ、周囲の音の一切を掻き消すその威力は確実に都市を滅ぼそうとする明確な殺意が伝わってくる。しかし緑光の柱は都市への侵入を結界に阻まれ、怒りを表すように咆哮を上げながら降り注ぎ続ける。
恐ろしい光景を目の当たりにするも、ひとまず結界が保持されていることに安心すると都市内の安全確認に意識を回す。
「リロ。そっちは大丈夫か?」
<他の勇者一行と共におりますが、多少身体に重みを感じる程度です>
「クルスとクロナは?」
<だ、大丈夫です…アニスたちや母上もまだ健在ですが…この魔法攻撃、少しキツいです>
「すまんが頑張ってくれ。ハノワは?」
<我々は今の所問題ありません。何もできないのが大変悔しいですが、何かしらの形でいずれ恩は返させて頂きます>
<リッチ様、森が悲鳴を上げ始めております。少々まずいかもしれません>
<リッチ様、グレンです。結界が持ち堪えそうにありません>
アンデッド通信のおかげで轟音に阻害されることなく会話をすることはできるが、後方の報告から旗色が悪くなっていることを知るには容易であった。現に聖杖の軋む音が徐々に大きくなっており、結界も少しずつ押され始めている。同じく王城にいるティアラとカンナの様子を窺うもティアラは顔から汗が噴き出ており、カンナの盾も亀裂がすでに走っている。今はまだ耐えているが、最大出力で応えてなお魔法陣の威力は一向に衰える気配がない……もはや打つ手はない。
故郷に再び命を奪われる事実に溜息を吐きながらも、最期の時を楽しむように轟音を響かせながら迫ってくる火柱を花火のように眺めていた。しかし不意に恐ろしいほど小さく、それでも確かにはっきりと何かが聞こえた。
「……んじゃないわよ」
「…アウラ?」
「ふっっっざけんじゃないわよっっ!!!ココは私たちの[巣]よ!リッチと!私が!大切に作った大事な巣なのよ!それを姿も見えない奴に壊されるなんて…冗談じゃないわ!!!」
魔法陣からほとばしる轟音をも上書きし、アウラの叫び声が街を包み込む。同時に彼女が火柱と結界が接触している中心点に飛び立っていく姿を視認し、思わず進路を阻むように彼女の座標へと転移する。敵意をむき出しにしていたかと思いきや、全く違う表情がリッチを出迎えた。
かつて同族が滅んだことを嘆いていた時と同じような悲しそうな顔をしていた。頭上では結界が徐々に押し潰されていたが、その事態を意に介さず互いに無言で見合う。
やがて沈黙に耐えられなくなったのか、瞳を潤ませながらアウラがゆっくりと口を開く。
「…このままだとみんな死んじゃうんでしょ?」
「そうだけど…ココにいたら真っ先に消し炭になっちまうよ」
「…私はリッチと出会えて本当に幸せだった。貴方に会えたから今の私がいる。貴方がいるから、私はこの街を、群れを守りたいと思うの……私の最期の我儘、聞いてくれる?」
今でも轟音が響き続けるなか、彼女の声はしっかりとリッチの耳元へと届く。
最初は驚愕に目を見開くも、神妙な顔つきに戻った不死王は落ち着きを取り戻すと彼女の胸元に手を優しく置く。
「……本当はやりたくなかったんだけどな…」
「…ごめんね?本当に、ごめんなさい……でも、私頭良くないから他に方法が思いつかなくって」
最後に見たのはいつだったであろうか、彼女の顔を覆い尽くさんばかりに涙がとめどなく溢れ出す。その様子に自分から言い出した癖に、と呆れたように笑顔を浮かべると彼女の頭を杖で軽く小突く。
「リウムたちが産まれた時もそうだったけど、お前さんの無茶ぶりは昔っからさ。それに…俺の我儘も入ってるからお互い様さ」
「…えっ?」
「……俺はアンデッド。いつかアウラは俺の手が永遠に届かない場所へ飛んでいってしまうから…」
だから彼女をアンデッド化させたかった。口が裂けても言えない言葉を毎日押し殺し、自分に言い訳を続けていた。有限ある命を慈しむからこそ、今が楽しいのだと。しかしその命が手元を離れた時、その悲しみはきっと永劫魂に焼き付く。
絶体絶命の危機のなか、不意にアウラから提案された禁断の思いへの再現。このままではいずれ都市ごと滅びるが、それ以上に失敗した時に彼女の身に何が起こるか想像すらつかない。自らの終わりよりも他者の死を思い浮かべ、気付かぬうちに手が震えてしまう。しかし女々しい君主の姿を責めることはなく、瞳を潤ませたまま笑みを浮かべると彼の肩に身体を預ける。
「…ふふ、そんなに怖がらなくてもいいじゃない……それに、毎回なんだかんだでうまくいくんだし…きっと大丈夫よ」
「…お前さんのそういうところ、本当羨ましいよ……だからこそたまらなく好きなんだよね」
「ありがとう。私もリッチの……全部が好き…」
「…どうなるか分からんけど、いくよ?」
「うん、きて……」
それ以上言葉が交わされることなく、夫に身を預ける妻の胸に当てられた手より青い靄が噴き出す。火柱の緑光を拒絶するように彼女の全身がたちまち覆いつくされ、雨雲のように都市上空に広がっていくと赤く目を光らせた不死王の口から重苦しい言葉が発せられた。
『…起きろ』
 




