113.挟み撃ち
大変!お騒がせしております!!
魔将デボン。
解体したはずの魔王軍を率い、ファムォーラへ向かってくる男の名を語ると部下を従わせることも出来ない魔王たる自らの責任だとリゲルドは一層泣き声をあげる。
誰よりも野心に燃え、魔王軍の、しいては魔境による大陸の支配を夢見た魔族。魔王城に招待を受け、初めて出会った時から嫌な予感はしていた。しかしその野心が最悪な形で具現化していたことに、多少なりとも戸惑いを覚えていた。
もっと警戒すべきだったかと反省していると、不明瞭な言葉の羅列を並べる魔王の代わりにその従者たるデモンゴがそっと呟く。魔王軍の解体の発表を聞いた際も他の幹部が反対するなか、唯一彼だけが冷静にその言葉を受け止めていたことにデモンゴも強い違和感を感じていた。しかし社畜からの解放や、初めて見るリゲルドの喜びぶりについ目を背けてしまった結果であると本人は深々と詫びを入れる。恐らく魔王軍解体の原因を作ったとされる不死王の排除、そして場合によっては魔王たるリゲルドをも始末する可能性があると沈痛な面持ちで語った。
口々に話される彼らの謝罪を受け入れ、ぐずりながらもようやくまともに会話が出来るようになったリゲルドを落ち着かせるように頭を撫でると空に向けて指を向ける。
「あの魔法陣、魔王軍の仕業なのかな?」
「…ぐすっ、余には分からん…申し訳ない」
「…私の記憶に間違いがなければ確かガルマ様の書に記されたものに似ているような……」
「ガルマ?なにそれ?」
「今でこそ廃れてしまいましたが、先代魔王様の代は魔術に優れていたと聞き及んでおります。当時は我ら魔王軍とは違い、このように魔法陣を形成して近隣の国を滅ぼしたとそうですが…今の魔王軍にこのようなことが出来る者はいないはずです」
外にいるのは魔王軍、魔法陣も魔王軍のものではあるが術者は魔王軍たりえない。では魔法陣を使用して、さらに魔王軍と提携してファムォーラを潰そうとするのは何者なのか。見当もつかない事柄に首を捻りながら考えつつも、リゲルドとともにデモンゴに避難するよう命じると自らが責任を持って彼らを押し返すとちぎらんばかりの力でローブを握られる。
その強い視線とは裏腹に笑顔で返されたことに魔王は戸惑うも、彼の目線まで下降した不死王は諭すように話しかけた。
「俺は[魔王]の称号を恐怖の対象にはしてほしくないんだ。そういうのは[全ての終わりの王]たる俺の役目……それに乱暴なことしてアイリスの印象を悪くしたくないだろ?」
「し、しかしっ!」
「嵐が過ぎ去ればいずれ平穏が訪れる、その平穏を魔王たるお前さんに導いてほしいんだ」
「…破壊の権化たる余に……平穏の主になれと仰るのか?」
それ以上言葉を交わすことなく、しばらく無言で互いに見つめ合っていた。しかしリゲルドが目線を逸らすと深く一礼し、素早く振り返ると同じく一礼をしていたデモンゴと共にどこかへ転移する。
柄にもないことをしゃべってしまったと照れくさそうに頭を掻くと、背後からグレンが神妙な顔つきで近付いて来る。そして彼が発した言葉に一瞬表情が固まり、眠る様に目を深く瞑った。
「…魔法陣のあの魔力量、魔王軍ではないとすれば私が知る限りはシュエン王国しか思い当たりませぬ」
「…シュエン……王国」
[シュエン王国]。かつて1人の青年が産まれ、戦場に駆り出されて儚く命を散らす要因を作った元凶。3000年の時を経てまだ経っていたのかと、当時青年であった男はしみじみと思い出す。当時勉強の山に死にかけた記憶、そして恐怖の中で死んだ記憶、その後この世界の父は生を全うできただろうか。この世界で2度目の死を与えられ、再び自らに死を与えようとしているのかと考えると思わず笑みが零れる。あの時は味方の軍も、共に戦地に送られた学徒仲間も、全員を囮にして逃げ延びようとしていた。
だが今は昔と違う。アンデッドに成り果ててなお、自分の命以上に守りたいものがあった。ゆっくり目を見開き、その様子を静観していたグレン、そして街中を巡回するアンデッドを経由して指示を素早く出していく。
「ハノワは市民を屋内に避難させな。グレンは教団と俺の部下を引き連れて魔障壁を町全体に張って。ニーシャも協力よろ」
部下から快く了承の返答をもらい、再び渋い顔で腰に手をあてながら空を見上げる。魔法陣は完全にその形を成し、淡い色であったはずが今や爆発するかのように強く発光を繰り返していた。
本格的にまずくなってきた、しかしまだ家族を避難させなければいけない。そう思い、彼女らの元に転移しようとすると身に覚えのある暴風が前方で巻き起こる。
「リッチ!私たちもやるわよ!」
目を開くと元気そうなアウラの声。その背にはティアラを乗せ、さらにはカトレアたちがカンナやクロナたちを引き連れてその場に立っていた。すでに都市の防衛線に参加する意思を瞳に宿していたが、彼女たちの安全を考慮して大人しく戻るよう促そうとする。が、1つの問題点に気付く。
(全員女だ…)
クルスはともかく、女性の徒党ほど怖い物はない。論争とあればなおさらである。
いかに彼女たちを丸め込み、市民と一緒に避難してもらおうかと検討するも鼻息荒く詰め寄ってくる彼女たちの気迫にソレは叶わないと本能が察した。いずれにせよ、失敗すれば皆消し飛ぶ可能性がある。そして魔法陣からどのような攻撃が来るにせよ、今は出来る限りの防御力が必要。しばらく無言で頭を掻いていたが、やがて渋々といった様子でアウラたちに視線を向ける。
「…分かったよ、みんなも頑張ってね……多分アレ、失敗したら街ごと吹っ飛ぶし」
「そんなこと、私が絶対させないからっ!」
「「「任せろーっ!」」」
アウラが勢いよく空へ飛び立っていき、その後ろ姿を眺めているとティアラとカンナが歩み寄る。
「友よ。我らエルフも手を貸すぞ」
「これでも[絶対防御]のチート持ちですから!さっきこの街の防具屋さんでいい盾買ったんで大船に乗ったつもりでいてください!」
「…チート?」
カンナの一言に疑問を持ちながらも、ティアラはカンナとともに王城の屋上へ向けて走り去っていく。
空に魔法陣、遠くに魔王軍の影。
各々が気を引き締める中、気怠そうにスイレンを模るクフーシカの聖杖を片手で弄んでいる君主は静かに彼女たちの軌跡を眺めていた。




