112.魔王の懺悔
お騒がせしております!!
「なんだあれ?」
始めに気付いたのは周囲が暗くなるのを感じ、雨を心配して空を見上げた露天商であった。その声につられるように人々は空を次々と見上げ、不自然に都市上空に集まる雲に描かれた魔法陣を確認すると場は騒然となった。
「おい、なんだよアレ!?」
「エルフの次は一体なに??リッチ様がまた何かされるの?」
「あれは…見たこともない魔法陣じゃの…」
領民だけでなくたまたま訪れていた冒険者までその光景を眺め、様々な憶測が飛び交う中で徐々に混乱が巻き起こり始めていた。その声、そして巡回するアンデッドの視界からもその様子を確認していたリッチは険しい顔つきになる。孤児院にて歴史から言語の授業へと移り変わり、先程まで優しい表情で檀上に浮いていた君主の姿に心配そうに声をかける子供たちの声に我に返ると突然ハノワの声が頭の中に響く。
<リッチ様!上空の魔法陣に何か心当たりは!?>
「……何故俺にそれを聞く?」
<あ、いえ。また何かされるのかと思いまして…本当にリッチ様ではないのですね?>
ハノワの声は彼の傍で警護しているアンデッドを経由して伝達され、君主の関わりがないことを知るや急速に事態の対応に乗り出そうとする。上空には文字通り暗雲が立ち込め、ソコに描かれた魔法陣が淡い緑の光を強く放ち始める様になると現状を理解し切れなかった者たちも次々と異常を察する。ハノワの避難命令が都市中に響く中、まるで嵐のように彼の言葉に従って人々は走り出した。
その様子を孤児院の窓から外を眺め、大人たちと同じように子供たちも不安そうにざわめき始める。しかしグレンが優しい笑みを浮かべて彼らを落ち着かせると、ハノワに指示に従って避難するように伝える。最初はグレンやリッチも共に避難するよう身を案じていたが、偉大なる不死王に全て任せるようグレンが言い聞かせると子供たちは嬉しそうに孤児院を後にした。
グレンの無責任な発言に横目で視線を投げかけるも、本人は軽く肩を揺らすように笑うとゆっくり空を見上げる。禍々しい色を放つ魔法陣は刻一刻と色を深めていき、その変化を眺めながらグレンは眉を訝し気にひそめる。
「各区にいる教団の者たちからも禍々しい魔素を感じると報告が入りました…あのような魔法陣、私めも見たことがありません」
「ん~、正直魔法陣に詳しくはないんだけどアレはヤバそうだな」
<<<お父さーーーん!!>>>
<……妹様たち、あんまり大声で話しかけないでくださいませ…>
グレンと肩を並べ、上空を呑気に見上げてながら王城へと移動しているとリウムたちの声を受信する。
散歩に出かけていた彼女たちはリロと合流を果たし、彼女を経由して父親に叫びかけていた。いつも愉快そうなニュアンスを含む3姉妹の声にはいつにない真剣味を帯びている。しかし一方でリロは囚われた獲物の如く3人に頭を足で掴まれ、宙に吊り上げられると彼女たちの声を浴びるように話しかけられているため困惑を隠しきれないでいた。そんな彼女の様子を視界ジャックによって哀れに感じつつも、その様子を一向に構うことなくリウムたちは興奮した様子で話し続ける。
<遠くから見たこともない魔物がいっぱい来るよ~>
<敵、確、認>
<アイリスちゃんもヤバいって言ってる!!>
頭を取り戻そうとするリロの胴体を半笑いで眺めている[索敵]スキルを持つ元勇者のアイリス含め、ファムォーラが誇る3人のレーダー娘が敵影を探知したことを確認した旨の報告。魔法陣の次は魔物の軍勢、次々と起こる非常事態に思わずため息をつくが少なくとも後者にはおおよその見当がついていた。
その予想を証明するかのように目の前の空間が灰色に歪み始め、中からはリゲルドとデモンゴが頭を地面にこすりつけながら姿を現す。一言も発さずに身体を強張らせていたが、その様子に確信を得つつも彼の責任を問うつもりは毛頭なかった。彼の頭を何度か軽く叩き、頭を上げるように声をかけると涙で歪んだ少年の顔が不死王の眼前に晒される。
「も゛ぅぅうしわ゛け゛あ゛ぁあり゛ま゛ぜんん師゛匠゛ーー!!」
「…申し訳ございません、リッチ様」
「うん、もう想像はついてるから気にせんでええよ」
泣き止むことを期待して軽く笑みを浮かべるもそれが逆効果であった。師匠と何度も泣き叫びながら子供のようにリッチに抱き付くと、そのまま言葉にならない叫びを上げ始める。魔王のあられもない姿に思わず動揺するも、聞き取り辛い彼の声とデモンゴの捕捉を実の父のように静かに耳を傾ける。
 




