110.立派な魔術師の行い
「どうだろうか?」
唾を飲み込み、緊張の面持ちで相手の様子を窺うティアラ。エルフの民をファムォーラへ受け入れること。その君主は眉間にしわを寄せながら首をひねっており、不安そうに彼女は返事を忍耐強く待っていた。
しかし君主としても、昔馴染みのよしみとしても彼女への提案は何も問題はなかった。むしろ彼女側に関する疑問があったことで二の足を踏んでいた。里に辿り着いた際の出迎えというよりは拘束に近い連行、そしてエルフ族に一般的に知られているプライドの高さ。引っ越しはもちろん、アンデッドが支配する都市に素直に移り住む連中にはとても見えない。新たな面倒事にならないことを祈りながらゆっくりとティアラを見据える。
「俺は構わないけど、エルフ的には大丈夫なの?故郷を離れたくないとか、アンデッドの俺が嫌だとかさ」
「…彼らもこの里が危機に面していることは知っているし、私には長として民を導く義務がある。それに友を侮辱するような真似事は断じて許さん!」
「…やっぱさっきの変わった話し方は長としてのキャラ作りの一環だったんだね。お疲れさん」
「う、うるさい!それよりもどうなんだ!受け入れることは可能なのか!?」
顔を赤らめ、長としての風格を微塵も漂わせていないティアラは身を乗り出してリッチに問い詰める。
しかし問題要素を排除するティアラの言質を信じ、すでに意思は固まっていた。アンデッドが徘徊している街でよければ、と意地悪そうに返事をするも構わず彼女は嬉しそうに握手を求めてくる。以前はアンデッドの在り方に対して毎度のように説教を喰らっていたが、立場が変わればこうも変わるものなのだろうか。それ以上互いに言葉を発することなく、彼女の熱い握手を交わす。
はねっかえりのエルフをどこまで抑えられるか、実に見物ではあったがティアラは気持ちが変わらないうちと言わんばかりに早速引っ越しに関する打ち合わせを始めようとする。だが、それも入り口のドアが弾けるように開いたことで唐突に中断される。
「あ、ちょっと待って!落ち着いて!」
「「「本物だ~!!」」」
「そうだよ~本物だよ~」
雪崩れ込むようにエルフの子供が侵入したかと思うと、反応する時間もなくあっという間にリッチを囲む。遅れてクルスたちも入室し、直前まで大事な話をしていた雰囲気を察して申し訳なさそうに弁解を始める。
「すみません父上!子供たちに外の世界の話をした時に父上の話をしたら突然走り出して…」
クルスが声を上げて話すもその声を掻き消すほど子供たちは興奮しており、口々に[蒼の伝説]について尋ねてくる。
「本当にティアラ長様と冒険したの!?」
「国を救ったって本当なの!?」
「アンデッド操れるの!?」
絶えることのない質問の嵐を受け流しながらティアラに視線を向けると、子供たちを落ち着かせてから溜息を吐きつつ現状の説明をしてくれる。
エルフの一族は排他的な考えを持つのが普通であり、自身や一族以外の物事に対して一切と言っていいほど興味をもたない。だが逆に1度でも火がついてしまうと当分熱が冷めることはない。[蒼の伝説]発行時、アミルが戯れで言い伝えた当時子供だったエルフたちは熱狂し、大人になってなお子供の寝物語として聞かせるまで文化に溶け込んでいた。今でもネズミや小鳥を使役して登場人物になりきるゴッコ遊びが流行っており、それを大人たちが微笑ましく見るのが日課となりつつあった。
「…とりあえず引っ越しに関しては拒否される心配はなさそうだね」
「うむ。私とアミルの読みは当たったな!」
「そういうことにしておいてあげるよ」
以前としてない胸を誇らしげに強調する彼女をよそに呆れていると、クルスたちをどかしながら乱暴に家に押し入る1人のエルフがいた。
「俺は反対です!」
リッチを睨みつけるその姿に子供たちはティアラの背後に隠れるが、ティアラも負けじと彼女に応じる。
「フィント!このままではこの里は死にます!私の古き友を愚弄することは許しませんよ!」
「その男は遥か昔、母様を辱めたと聞き及んでおります!強い母様がそんなアンデッドに負けるはずがありません!」
侮辱…彼女が言うには洞窟で初めてティアラと出会った際に拘束したことを指していたらしい。当の本人は気にしていなかったが、その娘は3000年前の事実をいまだに憎んでいる。フィントの母への愛を感じる一瞬であったが今は親子の間で火花が散っている。複雑な親子関係をさめざめと見せつけられるなか、次々と飛び込んでくる面倒事にいい加減飽きてきたリッチはフィントのに軽く声をかける。 彼女は咄嗟に彼の声に反応し、そして凍り付く。
赤い目を宿し、不死王たる威厳をまじまじと見つめた彼女は蛇に睨まれたカエルのように動かなくなる。
「俺に喧嘩売るってならアンデッド化する覚悟もあるってことだよな…ティアラの時は見逃すだけの動機はあった……今はソレが何1つないぞ?」
明らかな殺意を向けられ、少なくとも当時エルフの長である母親が何故負けたのか本能で理解した彼女はその場で膝から崩れ落ちる。当初訪れた我が子らへの手荒な歓迎方法の時点で苛立っていたとはいえ、さすがに大人気ないことをしたとティアラに視線を戻す。しかしその場にいた者は誰1人として微動だに動く者はおらず、ティアラはおろかクルスたちまで石像にようになっていた。
やがてハッとしたようにティアラが動くと、頭を振りながら微笑する。
「ハイエルフになって少しは洞窟での意趣返しが出来るかと期待してたが…まだまだ私は非力だな」
「お父様…痺れる……!」
「父上が怒られたのは妖精の長老の時以来ですが…まだまだその領域に至るまでの道のりは遠いですね」
「「「お父さん怒っちゃイヤー!」」」
様々な反応が狭い部屋を跋扈するなか、固まっていたエルフの子供たちが蜘蛛の子を散らすようにリッチへと走り寄ってくる。本人を恐れるどころか、エルフ族一の戦士であるフィントを手も出さずに勝利したことで収拾がつかないほどの熱狂で現場は混乱をきたし、人の話が聞けるだけの冷静さを取り戻した時点で子供たちに住処を移す話を里に触れ回る様に伝えると嵐の如く家から去っていく。
「大変すまなかった…本当に助かる」
「伝承まで残されちまったら[立派な魔術師]が手を貸さないわけにもいかんでしょ」
「ふふ、やはり物語を残す案は間違っていなかったな……ところで引っ越しの手筈は…」
「ああ、もう考えてある。デモンゴ今からこっち来れる~?」
聞きなれない単語に怪訝そうにするティアラをよそに、リッチが現れた時よりも荒い歪みが灰色の靄と共に空間に発生し、そこから1体の魔物が出現した。
「お呼びですか、リッチ様?」
「急な呼び出しで悪いね。リゲルドの方は順調かな?」
「はい。魔王軍も正式に解散され、先程ファムォーラにリゲルド様を転移してきたところです…もっともデボン殿があっさりと引いたのが腑に落ちませんが」
「…あの時のイビルアイ」
会話していた魔物が声の主に視線を向けると、目を驚愕で見開くエルフの長と戦士の姿があった。一度[勧誘]を受けた際に会っているが、今のイビルアイからは当時の禍々しさが全く伝わって来ず、むしろ不死王と旧知の仲のように平然と会話を繰り広げている。その姿に、半信半疑であった魔王と知り合った話が本当であることを認めざるを得なかった。
魔物はそれ以上彼女たちへ関心を向けることはなく、再びリッチへと視線を戻す。
「それで私へのご用は?」
「ちょっと引っ越しするから転移をお願いしたくてさ」
何事もなかったようにエルフの親子を無視し、一瞬カチンとくるが不死王も同様に会話を続けていることにそれ以上口を挟む気力がなくなる。急速に心の炎が鎮火していくと、彼女たちが項垂れている間に話はまとまる。その2人を見つめると一瞬眉を吊り上げ、不思議そうにその様子を窺っていたが構わずに口を開く。
「何ヘコんでんのさ。デモンゴに引っ越し手伝ってもらうからキリキリ動きたまえよ」
 




